Column

北越高等学校(新潟)

2012.11.18

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新潟県高校野球勢力図に風穴を開ける

 新潟県の高校野球勢力図は、私立3校がその中心を担っていた。

 2009年に甲子園決勝まで勝ち進み、エース・堂林翔太(現・広島東洋カープ)擁する中京大中京との激闘の末、準優勝を飾った日本文理。マンガ「ドカベン」のモデル校として有名だが、今夏もエース・竹石智弥を擁し甲子園に出場し、ベスト16まで勝ち残った新潟明訓。そして、夏の大会8度の甲子園出場を誇り、今夏も新潟大会で決勝まで駒を進めた中越。2005年のエース・今井啓介(現・広島東洋カープ)はプロ入りし、今季先発ローテーションに入る活躍をみせている。

 この3強に、年替わりで好選手を輩出する村上桜ヶ丘新潟県央工十日町糸魚川など公立校がどこまで戦えるかが新潟の高校野球ファンの注目ポイントになっている。だが近年、この勢力図に風穴を開ける新鋭校が現れた。それが、北越である。

▲北越高等学校 小島清 監督

 もともと、サッカーやラグビー、卓球などのスポーツが盛んだった北越だが、野球はそこまで強くなかった。
 十数年前、そこにコーチとして赴任したのが、現監督の小島清氏である。北越に来てみると当時の野球部は現在とは大きく異なるものだった。

「私が来た頃は部員も今の1/3以下。20人もいなくて、大会に出ても1回戦や2回戦で負けてしまうような状況。当時は厳しい練習もなかったので、何から教えていいのか考えましたね」

 練習態度だけでなく、学校生活から指導する。同時に小島コーチ(当時)も、どういった練習をさせていくのか、選手に何をどう伝えていいのかを考えていった。
 同時にもう一つ、大きな問題があった。グラウンドである。新潟駅から車で10分もかからない新潟市の中心部にある好立地のため面積が狭く、全面を使用してようやく外野が定位置につけるというグラウンドを2面で分け、そこを前述のサッカー部やラグビー部らと交代で使わなければならないのである。

「私自身、高校、大学といわゆる伝統的な練習をやってきました。設備的には問題ない練習環境の中で、上級生が優先されるシートバッティングをやって、下級生はいつ飛んでくるか分からない打球を球拾いする。厳しい上下関係の中で学ぶことも多く練習に取り入れているものもありますが、同時に反面教師にした部分もたくさんありますね。北越は場所的な制約がある中で、どうやって練習して行くのか考えました」

 コーチ就任から数年が経った2009年、前任監督が体調不良で監督職を退任すると、コーチだった小島氏はそのまま監督に就任。09年春県ベスト4、10年秋県3位、11年春県2位、秋優勝と積み重ねてきた実績の裏には、試行錯誤を繰り返しながら作り上げた「イメージトレーニング」があった。

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実践に即したイメージトレーニング

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 取材に訪れた11月上旬のある日の練習メニューを紹介しよう。

 集まった選手が監督に挨拶し、グラウンドに一礼するとグラウンド内でランニングを始める。笛の合図でランニングを止めると、続いてグラウンド内に作られた正方形の頂点にカラーコーンが4本置かれ、選手も4つに分割される。ここではコーン間をジャンプ&ダッシュやクロスステップなど数種類の動きで移動する「サーキットトレーニング」が行われる。だが、1つ1つの動きの中で、選手は変わった動きを見せる。全力でダッシュし、コーンを通り過ぎる瞬間に手を下げ、バックホームの動きをする。クロスステップや、ジャンプの時も同様の動き。小島監督は言う。

「一般的にアップは体を動かすための準備運動とされていますよね。でもそれっていってみれば練習のための練習。実践的ではないと思うんです。例えば、試合に入ったとして1打席目はアップだからってバット振って三振してくる人はいないですよね。1回表に初球を打って外野の間を抜けたら三塁まで全力疾走しなければならない。だから、“アップ”という概念がないんです。ボールを使わない時も、その練習がどれだけ頭の中で野球の実践と関連づけてイメージできているか、そこが重要です」

 この練習中、小島監督の叫び声がグランドに響いた。バックホームの体勢に入った際、グラブ(実際はグラブをつけていないので左手)の位置が高かったのだ。

▲ボールを持った振りをしながら練習を行う

「何でもっとグラブを下げないんだよ!お前らの動きからは『ボールの動き』が見えてこないんだよ。そんな高い位置でボールが取れるのか!ちゃんと目でボールを追ってやれよ!」

 すると、次の動きでは選手全員が腰を落とし、目線もボールをしっかり意識した機敏な動きに変わっていった。その後も、二点間を行き来する挟殺プレーを意識した練習、ダッシュし背走捕球を意識した練習など約40分にわたって続けられた。

 この次もイメージトレーニングは続く。二手に分かれ、守備側は各守備位置に選手が散らばる。攻撃側は各ベースとベースより外野方向に選手が並びリードを取る。マウンドに立った投手がセットポジションから打者に投じる(実際にボールは使っていないので“フリをする”)。打者は思いっきり引っ張り、レフト方面へ打球を放つ(“振りをする”)。外野手が取ったことを想定し、三塁ランナーはタッチアップからホームイン。一、二塁ランナーはハーフウェーから帰塁する。満塁を想定した実践的な「イメージトレーニング」だ。
「この練習は実際にランナーがいることを想定したもの。打者のバットの角度や様子を見て、どの方向にどんな打球が飛んだのかを見極め、ランナーは自分がどう動くのかを判断するんです」

 打者、走者、守備を交代し、今度は投手が一塁に牽制を投げる(“振りをする”)。一塁ランナーはあわててベースに帰塁する。すると再び小島監督の怒号が飛ぶ。
「なんで、三塁ランナーはもう一歩前に出ないんだよ。一塁に牽制投げたら、もう一歩リードを広げられるだろ!その一歩が点数に直結するんだよ!」

 続いて、セットポジションから打者に投じた投球を打者が早めに始動し、センター方向へ打ち返した(“フリをした”)。ここでも小島監督の指導が入る。
「お前が今打ったのは170キロの豪速球だよ。ピッチャーは誰を想定するのか。球種は何に絞るのか。どのコースにどんな球種が来たから、そのボールをどうはじき返すのか。意識が出来ていない!」

 小島監督は言う。

▲順番待ちの時も、イメージトレーニングを実施

「強豪校のようにグラウンドも広くて、いつでもシートバッティングが出来るような環境ではないですし、グラウンドの奥には他の部も使っているので硬球で思い切った練習をするのは難しい。それに実際に硬球を使って、ノックをしたら、一球を打って、選手が取って、返球するまでに大きく時間がかかる。これだけの人数全員にノックを打っていたら、練習時間全部を使ったとしても、受けるのはせいぜい1人4、5球。他の選手はじゃあその時間何をしているのかといったら、きっと違うことを考えていたりする。全然効率的ではないんです。だからこの時期は特に選手自身が頭で考えながらやれるこのトレーニングが一番いい。

もちろん想像だけじゃ困ります。あらゆることを考えながら、常に紙一重・間一髪の実践的状況を想定をすることが重要なんです。実践的な練習だけじゃなくて、例えば素振りをするにしても、相手投手を具体的に想像するだけで質が全然違ってくるんですよ。ちなみに、中学を卒業したばかりの1年生がこのトレーニングに参加すると、まずバテますね。筋力的に劣るからトレーニングだけでもきついのに、頭で考えながらやりますから。でも1年も経つと自然と慣れてくるんですよ」

 練習開始から1時間半。ここまで硬球は1回も使用されていなかったが、小休止を挟んでからようやくボールを使った練習に入った。

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最初は「何やってるんだろう?」その意味は結果で表れる

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 では、実際に選手はこの練習についてどう思っているのだろうか?

「最初は正直、『この練習意味あるの?』って思っていました(笑)。中学の時もボールを使わない練習はランニングや筋力トレーニングだけでしたから。でもやっていくうちに体が(順応して)動いて行くようになっていくんです。『イメージトレーニング』をすることで、実際にボールを使った練習や、試合でそのイメージした動きができなかった時、何で出来なかったんだろうって考えるんです。(やらされる練習ではなく)自分で考えてやらないとうまくなりませんし、チームとしてもレベルアップしないので。実際この練習でみんなうまくなっていますし、とても大事なことだと思っています」(エース・峯田郁

「最初、何してるのかなって思いました。切り返し(ダッシュ)とか今までしたことがない動きだったのでビックリしましたけど、徐々に慣れていきましたね。やっぱり人数も多いですし、ノックするっていっても、自分が取れる球はごくわずかなのでそれだったら、シャドウで自分の苦手な打球をイメージした方がいいので、効果的だと思います。監督の話してくださることは、やはり難しいです。でもレベルの高い話をしてくださるので、とても勉強になります。今あらためて考えると、中学のころはただ漠然と打ったり、投げたりしていただけだったなと思いますね」(主将・長谷川翔

▲ミーティング風景

 小島の教えは、着実に選手に浸透しているようだ。

「うちには、いろんな高校からスカウトが来るいわゆる大黒柱になるような中心選手はいないけど、『北越を選んでくれた』この子たちがいる。僕より野球を知っている馬場コーチや三本部長という名参謀もいるので、このメンバーでしっかり鍛えて、勝ち進んで行きたい。そして、高校だけで終わる選手になってほしくないんです。大学、社会人、プロ、もちろん指導者としても野球を続けてくれたら…」

 今年2月、昨年春の県大会で準優勝したチームで、赤塚、涌井とともに3本柱の一角としてチームを支えたエース左腕・猪俣卓也が、新潟アルビレックスBC(プロ野球独立リーグ)にドラフト指名された。小島監督が育てた初の“プロ野球選手”である。

「何度か試合も見に行きましたし、ケガするまで高卒1年目にしてはよくやっていたと思います。やっぱり教え子は気になりますよ。ちょっと脱線しますけど、元新発田農業の松田監督(=松田忍・現・村上桜ヶ丘監督)は本当に幸せだと思います。今の、自分の野球部を教えて、帰ってテレビを付けたら、教え子(加藤健 現・巨人)が日本シリーズのスタメンで出てる。最高だと思いますよ。私もいつか…。でも、チームを強くしていくには、やはり与えられたことをこなしているだけではダメ。選手自身も考えながらやらないとですね」

 練習のための練習を徹底的に排し、ボールを使わないイメージトレーニングを取り入れるなど、旧来の“練習“を覆した小島メソッド。その根底にあるのは選手の自主性を重んじ、促すということのようだ。春、秋の大会では結果を残した。残すは夏、西宮の聖地へ向かう切符を手にするのみ。この冬、“甲子園への道”をイメージし、選手たちは厳しい練習を乗り越える。

(文=編集部

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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