二松学舎大附エース秋山は「紙一重」でも最後まで挑んだ
秋山正雲(二松学舎大附)写真:日刊スポーツ/アフロ
エースとは紙一重の勝負を怖がらない投手を指す。時に「両刃の刃」となって自分の身にふりかかることがあっても、逃げる選択はない。勝ちを信じて「紙一重」に挑む。
二松学舎大附の左腕エース、秋山 正雲投手(3年)が、2戦311球を投げて甲子園を去った。高校生最後のイニングとなった延長10回の姿は、まぎれもなくチームの「エース」だった。
勝てばベスト8となる京都国際との3回戦。1回は2三振を含む三者凡退と、最高のスタートを切る。その裏に味方打線が1点を先制。うまく滑りだしたかに見えた。しかし、中盤に落とし穴が待っていた。5回に136キロの外角直球を相手エース森下に、逆方向の左翼席へ運ばれて同点とされると、6回には137キロの低め直球を3番中川に左中間スタンドに運ばれる2ランを許し、続く4番辻井にも、138キロ内角高め直球を左翼席に運ばれた。直球のあらゆるコースを打たれた。3被弾。ショックを隠しきれなかった。
最速146キロ左腕として東東京を勝ち抜き、5試合32回3分の1を投げて2失点と抜群の安定感を誇って甲子園に乗り込んだ。初戦の西日本短大附戦では完封した。今夏予選からチームとしても3失点以上されたこともなかった。それが6回表で1対4と大きくリードされた。敗色ムードだった。
3点ビハインドのまま、9回裏を迎える。秋山の前に無死一、二塁のチャンスがめぐり打席に入った。打者としてもセンスの高い才能で、フルスイングすると打球は右翼フェンスまで飛んだ。「同点アーチか…」。しかし浜風に押されて、ライトフライに終わった。敗戦を覚悟してベンチに戻った秋山に、その直後「奇跡」が飛び込む。次打者、桜井 虎太郎外野手(3年)が、起死回生の同点3ランとなる打球を左翼席に運んだ。今度は浜風が味方になった。雄たけびを上げた秋山の心の中は燃えていたに違いない。
なんとしても勝ちたい。最後に追いついてくれたチームのために。そう思わないわけがない。延長10回のマウンドに上った秋山に迷いはなかった。
この試合、初回から140キロをマークしていた。9回までの最速は141キロ。本塁打を打たれても、自分の直球を信じて投げ続けた。直球を狙っている相手に直球を投げるのは勇気がいる。結果は「紙一重」。しかし秋山は最後まで貫いた。
中川には140キロの直球で右飛に打ち取った。辻井には2度、この日157球目と159球目、最速142キロをマークした。最後の力をふり絞っていた。エースとして引くわけにはいかない。そんな気迫が満ちていた。しかし「紙一重」の末に辻井に四球を与えてしまう。二死までこぎつけたが、森下へも直球勝負を挑み続けた結果、悪夢が待っていた。139キロの直球をまたも逆方向へはじかれ、勝ち越し点を許してしまう。それでも気持ちは切れない。最後の打者を3球連続直球で勝負し、空振り三振を奪った。最後まで直球を武器にしたエースの意地は、エース自身もチームも支えたが、敗戦につながる球にもなった。
その裏にもう奇跡は起こらなかった。秋山には悔しさしかないだろう。追いついてくれた打線に報いることができなかった。それでも、グラウンドで常に背番号1を見ていた7人と球を受け続けた捕手、ベンチで祈った9人、スタンドの部員の心に永遠に刻まれる。うちのエースは、最後までエースだった、と。
(文=浦田 由紀夫)