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方針はあくまで底辺拡大。名門・世田谷西シニアが「勝利」でなく「野球の楽しさ」を追及する理由

2020.10.07

 昨年8月に行われたジャイアンツカップ2019で、2度目の優勝を飾った世田谷西シニア。
 部員数は毎年3学年で180名にも達し、OBにも木下幹也投手(横浜3年)や廣澤優投手(日大三-JFE東日本)、内海貴斗選手(横浜-法政大)など活躍を見せる選手は多く、プロ野球にも山本泰寛選手(巨人)がいる。

 エリート集団のイメージが強い同チームだが、吉田昌弘監督は決してエリートが揃うチームではないと強調する。その言葉の裏にはどんな指導理念があるのか。

全ての選手に誠意を持って接する

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吉田監督の話を聞く選手たち

 部員数は1学年で約60名、3学年を合わせると約180名にも達し、全国でもトップクラスの選手を抱えるが、吉田監督は「面倒を見きれなかったら、これだけ選手を受け入れません」と強く口にする。

 どの選手にも平等に練習時間が確保され、また同じ日に3カ所で練習試合を組むなど物理的な工夫ももちろんあるが、それだけではなく選手のレベルに合わせたメニューやコミュニケーションなど、一人一人と真剣に向き合うことに何よりも気を使っている。

 「自信を持って言えるのは、一番上手な選手でも学年で60番目の選手であっても、野球をやっていることにリスペクトしてあげて、誠意をもって接していることです。
 全員にしっかり野球をやらせてあげて、そのためにできる範囲でスタッフも協力して、進学もしっかりサポートできると思うのでこの人数でやっています」

 吉田監督は、よく選手たちに「同じ学年の60名いる部員の中で、自分は立ち位置は何番目だと思う」と質問を投げかける。
 ポジションや特徴の違いはあれど、選手たちは自分なりに立ち位置を考えて答えるが、その解答のほとんどが指導者の考えと一致しているという。

 指導者、大人が思っている以上に選手は自分の立ち位置を理解しており、そして目指す目標も選手それぞれ。
 その中で吉田監督は、「野球が上手になるサポートを、一生懸命していることが選手に伝わる練習」をすることが大事と考えている。

 「学年全員が同じ練習をすることもあれば、違う練習をすることもあります。
 親御様に対しても、『このチームは自分の子どもが試合に出ていなくても、野球に一生懸命参加させてくれる』ということが伝わればと思ってやっています」

 その結果、毎年180名程いる部員の中でチームを途中で辞める選手はほぼおらず、選手が引退した後も「チームのサポートに加わりたい」と志願する親も多くいる。
 そして驚くべきことに、そのほとんどがレギュラーとして試合に出場できなかった選手の親だそうだ。

 目的はあくまで底辺の拡大。
 野球が好きなままチームを卒業して欲しいという思いが、吉田監督の指導の根底にある。

[page_break:大会ではドラマチックな演出にこだわる]

大会ではドラマチックな演出にこだわる

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バッティングを行う選手たち

 今年の世田谷西シニアの3年生は、小学校時代にNPBのジュニアチームに選抜された選手が10名以上在籍するなど、スター軍団の呼び声もあったチームだが、本来は実績の無い選手を育て上げるのがチームのスタンスだという。

 昨年にジャイアンツカップを制したチームも、小学校時代に実績のある選手は実は少なかった世代で、練習を積む中で大きく成長した選手がほとんどだった。

 「中心だった田上くん(遼平・慶應藤沢)も初めは全然ストライクが入らず、ピッチャーをできるような選手ではありませんでした。少年野球から知っている人たちは、みんなびっくりしていたみたいです」

 選手を大きく成長させる指導の一つに、ストレスフリーの指導を吉田監督は挙げる。
 野球を本当に好きになるためには、ストレスをかけずにプレーすることが大事であると考えており、普段の練習では「上手くなる」という本質的な楽しさを意識させるようにしている。

 「もちろん人様に迷惑をかけないとか、道徳やモラルの問題はしっかり言います。
 ですがちょっとサボってしまうとか、力を抜いてしまうとか、まだ中学生なのでそこは目をつぶって待ってあげます。

 これを『緩い』と感じる人もいるかもしれませんが、高校野球以降で頑張れるために、あえて高校野球と同じことをしないことが、意外と中学生のうちは大事かなと思っています」

 8月17~19日に開催された全国選抜大会(3回戦で打ち切り)では、3回戦で惜しくも浦和シニアに敗れたが、これまでレギュラーでなかった青山達史選手に本塁打が飛び出すなど、新たな注目選手の台頭もあった。

 大会に対しても、吉田監督ならではのユニークな理念がある。

 「あまり優勝だけにこだわってなく、できるだけたくさんの投手を投げさせたりとか、小学校時代のチームメイトと対戦させたりとか、粋な演出をしてどうやってドラマチックにするかにこだわっています。
 ウチが勝ったことなんて、そのチームの人たちしか覚えていないので、勝っても負けてもチーム内でどう見せるかが大事だと思います」

 選手が野球を楽しむことに、とことんフォーカスを当て続ける世田谷西シニア。
 今後はどんな選手が誕生するのかとても楽しみだ。

(記事=栗崎祐太朗

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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