小諸商業高等学校（長野）「フルスイングで狙うは初の甲子園！」
甲子園優勝投手・平沼翔太（敦賀気比）が言った。
「ちょっと甘いところにいったら、全部（スタンドに）持ってかれそうでした」
2017年、北海道日本ハムに入団1年目の平沼が、高校時代に北信越大会で対戦した小諸商との対戦後、そう語った言葉が印象的だった。
試合は、9対2で敦賀気比が勝利したが、点差以上に、マウンド上の平沼の疲労は大きかった。それだけ、小諸商のバッティングは、全国区のピッチャーにも恐怖感を与えていた。
それは、相手の外野手の守備位置を見てもわかる。県大会でも、私立強豪校の外野手がフェンスいっぱいまで下がっていく。
竹峰 慎二監督（小諸商）
今年就任7年目の小諸商・竹峰慎二監督は言う。
「とくに中学時代に大きな活躍をしてきたわけでもない地元の選手ばかりの県立校に、相手高校さんが、私たちのバッティングを警戒したシフトを敷いてくるんです。うちの打線をそんなふうに、警戒してくれているんだと、最初のうちは驚きもありました」
竹峰監督は、就任1年目の2011年夏に、小諸商47年ぶりの県大会ベスト4へと導いた。翌年以降は、中々勝ちきれない時期が続いたが、小諸商らしさを模索する中で、今の強打線が生み出されていった。
きっかけは、コーチの矢嶋光幸氏の存在だった。同校野球部OBでもあり、土日の練習試合では、下級生を中心としたBチーム戦で采配を揮っている。
ある日の練習試合でのこと。竹峰監督が学校の仕事のため、この日は矢嶋コーチがAチームの指揮を執っていた。試合途中に竹峰監督がグラウンドへ到着すると、選手たちがいつも以上に盛り上がっている声が聞こえてきた。
「なんだか楽しそうだなって思って、少し離れたところで試合を見ていたら、みんな生き生きと野球をやっているんですよね。選手の本来の力というのは、こういう時に発揮できるんだなと思いました。試合後に、選手に聞いたら、『矢嶋コーチのほうが楽しいです』って言われたんです。その時に気付きました。そうか、細かいことを教えるよりも、『大きく育てる』ほうが、うちのチームに合っているなって」
もっとシンプルにして、考えてみよう。この発想が、小諸商野球部にピタリとはまった。
バットを振れることが選手にとっての価値となる
矢嶋 光幸コーチ（小諸商）
「シンプルにしたことを徹底的にやって、相手チームがビックリするようなレベルに持っていけば、勝つ手段はあとから考えればいいなと。矢嶋コーチがいてくれたおかげで気付けました」
その話を横で聞いていた矢嶋コーチは、「そんなことはないですよ」と首を振る。
「野球は楽しくないと面白くないんです。でも、バットを振らなきゃ面白くない。ホームランを狙った空振りで三振してくれたほうが面白いでしょ。ベンチだって、そのほうが、『OK！OK！いいじゃん！』って、みんなで“ワー”って言って盛り上がれる。打者も、『次はなんとか当たるようにもっと振ろう！』って思える。それが野球の楽しさなんです。打つなら、ボールを遠くに飛ばす。投げるなら、ボールを遠くまで投げる。
打ち方について細かく言いません。こう振れ、ああ振れも言いません。うちの場合は、こちらで技術指導をする前にスマホなどを使って自分の姿を撮影させ、まずは自分のフォームを自分で見て、自ら気付かせることのほうが多いです」
小諸商の練習試合では、バットを振らないとすぐに代えられる。多い時では、1打席に3人の打者が代えられたこともあった。あまりに選手がバットを振らずに、交代が続くと、最後はボールボーイが打席に立ったこともあるくらいだ。
「プレイボール！ストライク！で振らなかったら、『タイム！タイム！交代！交代！』です。それくらい徹底しないと、中学時代から硬式球でプレーしてきた強豪校の投手相手に、うちの選手たちが太刀打ちできません」
とにかく、指導はシンプルに。
試合中に、逆方向に打てと選手が言われることもないし、空振りしても何も言われない。ただ、バットを力強く振れるかどうか。試合中に振れない選手は、魅力がないと判断する。バットを振れることが、選手にとっての価値となる。
そうやって、下級生の頃から鍛えられていった選手たちが上級生になると、入学時と比べて見違えるほど打力がアップする。今年のチームの4番関 優太もこの春は2本の本塁打を放ったが、最初から遠くに飛ばせる選手だったわけではない、「もっと大きく！もっと大きく！」とアドバイスを受け、バットをブンブン振れる選手へと成長した。
力のあるチームに勝つためにはスイングで重圧をかけろ
打撃練習の様子（小諸商）
次第に、小諸商＝強打線のイメージも定着し、地元から集まってくる選手たちも、バッティングに興味のある選手が集まるようになった。
「小諸商に行けば、好きに打たせてくれると聞いたので…」
「僕、打つのだけは得意なんです！」
「小諸商にきたら、打ち方は何でもいい！と聞いてきたんですけど」
そんな新入生部員の言葉に、竹峰監督も矢嶋コーチも、「好きに打たせるって言ってもなぁ」と、思わず苦笑い。
それでも、打線に力がつき始めると、大会でも上位に食い込めるチームへと育ってきた。先述した敦賀気比・平沼と対戦した2014年秋は県大会でベスト4入り。以降も、安定した成績を残している。
2015年夏 長野大会ベスト4（●佐久長聖 3対2）
2016年夏 長野大会ベスト4（●佐久長聖 6対3）
2016年秋 長野県大会ベスト4（●上田西 5対3）
2017年春 長野県大会優勝（〇東海大諏訪 7対10）
この春は、長野県大会で優勝を果たしたが、これまで公式戦で敗れていた佐久長聖や上田西を破っての勝利だった。進んだ北信越大会でもベスト4。気付けば、押しも押されもせぬ強豪校の仲間入りを遂げていた。
竹峰監督の思いは強い。
「力のあるチームに勝つにはスイングで重圧をかけていかないと、ダメなんです。一生懸命やってなんとか対抗しているだけだと、私立強豪校からは、都合の良いチームで終わってしまうんです。私たちは絶対にそんなチームにはなりたくない。組合せで、小諸商を引いた時に、『小諸商やばいな』という雰囲気だけは持っておきたかった。それは、何かというと、ピッチャーなら力強く投げてきて、バッターなら力強くスイングしてくる。それを模索しながらやってきたのが、だんだんと結果に結びついてきたんだと思います」
もう、迷いはない。この夏、第一シードで長野大会に挑む小諸商。春もチームを優勝に導いた絶対的エース高橋聖人と、4番・関を軸とした強打線を武器に、白星6個積み上げて、初の甲子園への切符を掴みにいく。
（取材・文＝安田 未由）
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