Column

イチローから学べる「自分の役割」を見出し術

2016.09.08

メジャー現役最年長42歳から学べること

 8月7日に3000本安打達成以降も、2016年のイチローの記録ラッシュはまだ続いている。29日のニューヨークでのメッツ戦では2安打を放って通算3011安打とし、ウェイド・ボッグスを抜いてメジャー歴代27位に浮上した。

「(ボッグスは)僕が(アメリカに)来た時はもうコーチだったでしょ、タンパで。選手としての記憶はないですねえ。名前のインパクトはもちろんありますが。練習では僕みたいにぽんぽんホームランを打てるというのを聞いたことありますがね。そういう意味で(自分と)似ているタイプ、という認識が少しありますが・・・・・・」

 この日の試合後、ボッグスについて聞かれてもイチローはことも無げにそう語っていた。しかし、このボッグスは現役時代は“安打製造機”と呼ばれ、首位打者を5度も獲得した大変な名選手である。ここに来て、当然のことだが、イチローの引き合いに出される名前も球史に残るビッグネームばかりになっている。

 今年中に26位のラファエル・パルメイロ(3020本)、25位のルー・ブロック(3023本)までは捉えられるだろう。予想通りにマーリンズが来季のチームオプションを行使するとすれば、2017年中にロッド・カルー(24位、3053本)、リッキー・ヘンダーソン(23位、3055本)、クレイグ・ビジオ(22位、3060本)といった名選手たちを抜き去るのが楽しみになる。

 また、この日には今季10盗塁目も記録し、これで16年連続2桁盗塁を達成。ヘンダーソン、オマー・ビスケル、ホーレス・ワグナーに続き、42歳以上で二桁盗塁を成功させた史上4人目のメジャーリーガーにもなっている。

 印象的なのは、今季のイチローはシーズンを通じて次々と変わる役割をこなしながら活躍を続けていることだ。ジャンカルロ・スタントン、マルセル・オズーナ、クリスチャン・イエリッチという3人の若手外野手がいるマーリンズ内で、もともと第4の外野手としてスタート。故障者が出たとき、誰かを休ませたいとき、あるいはア・リーグの球場での交流戦で指名打者制度があるときなどはスタメンで出場してきた。

 メジャー現役最年長42歳の外野手は、いわゆるユーティリティ(便利屋)の立場。そんなはっきりしない役割ながら、オールスターブレイク突入時点でチーム最高の.335の高打率をマークした。3000本達成時前の不振でやや成績は落ちたが、それでも打率.317とハイレベルの数字を残していた。

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[page_break:新しい役割に苦しみながらも見出した術]

新しい役割に苦しみながらも見出した術

常にスーパースターと活躍してきたイチロー選手

 8月13日にスタントンが左足付け根のケガで故障者リスト入りして以降、イチローは“スーパーサブ”から代役スタメンに昇格。その後に打率はさらに下降傾向だが、116試合で打率.295(258打数76安打)という成績はもともと第4の外野手として考えられていた選手としては上々に違いない。

「イチローを起用するのにはそのときどきで理由がある。どんな重要な局面でも起用できる。先発から外れても、出場するのは走者が得点圏にいるときや、勝負のかかった場面でのことだ。相手投手が左でも右でもイーチは起用できる。3000本に下降線を辿りながら到達しようとしているのではなく、今年を通じて私たちの助けになってくれているんだ」

 マーリンズのドン・マッティングリー監督は3000本安打到達前にそう語り、イチローの献身的な働きを絶賛していた。実際にどのような仕事でも安心して任せられる大ベテラン。経験も豊富なだけに、指揮官にとっても実に頼れる存在であり続けてきたはずだ。

 もっとも、さすがのイチローも現在の“スーパーサブ”という立場にすぐに適応できたわけではない。10年連続シーズン200安打以上、1シーズン262安打の最多安打記録といった輝かしい偉業を残してきたスーパースターも、ヤンキース時代の2013年頃にベンチ登場の機会が増えた。2013年 の555打席、打率.262はどちらもその時点で自己最低の数字。2014年は打率こそ.284と持ち直したものの、打席に立ったのは385度のみで、渡米以降では初めて規定打席にも届かなかった。

「ヤンキース時代のイチローは控えという新しい役割に苦しんでいたと思います。それまでずっとレギュラーだったのが、ニューヨークではベンチ登場が増え、イチロー自身が“適応している最中だ”と私に話してくれたことがありました。子供の頃からずっと毎試合に出るのが通常だった選手が、いつ出るか分からない立場に慣れるのは簡単ではない。ヤンキースも最適の起用法がわからず、イチローの方も新しい役割のための準備にまだ戸惑っていた印象があります」

 イチローと親しい関係を築いたESPNデポルテスの女性記者、マーリー・リベラはそう振り返る。実際に単なる“レギュラー”ではなく、絶えず“スーパースター”であり続けた選手が、控えの役割に慣れるのは簡単なことではない。イチローがその変化に苦しんだとしても当然だろう。

 マーリンズに移籍後の2015年も、イチローは153試合で打率.229という信じられないほど低調な成績で終わる。加齢による衰えももちろん押し寄せるだけに、このまま終焉を迎えても不思議はなかった。

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[page_break:スターから、スーパーサブに変身できた理由]

スターから、スーパーサブに変身できた理由

 しかし、そんな“元スーパースター”は、前記通り、今季は2010年以降では最高の成績を残している。様々な仕事をこなし、依然として勝率5割以上と健闘するマーリンズにここまで大きく貢献してきた。
「現在、マーリンズで活躍できているのは、イチローが控えの役割に適応する術を学んだからでしょう。スタメン、代打、途中出場・・・・・・どんな形でプレーすることになっても力が出せるシステムを見つけていった。それゆえに今でも現役でやっていけるのだと私は考えています」

 リベラ女史がそう語る通り、少々時間はかかったが、イチローは“スーパーサブ”としての適応に成功したのだろう。
先発で初回からプレーするのと、終盤の代打では心身両面で準備の方法も変わってくるのは容易に想像出来る。それぞれで力を出せるルーティーンを確立したからこそ、42歳での復活が可能になったに違いない。

「このチームは良い方向に向かっているが、まだまだ成長していく必要がある。どうやって仕事に臨み、準備するかという点で、(イチローは)完璧な手本だ。成績だけではなく、リーダーシップ、プロらしさの面でも、若手選手たちの良い見本になってくれている」

 マーリンズのドン・マッティングリー監督もイチローをそう評していた。実際にチームメートだけではなく、多くの若い選手たち、高校球児たちでさえも、イチローの軌跡から学ぶことはできるのではないか。

 大切なのは、例え自分にとって理想の役割ではなくとも、与えられた環境でまずはベストを尽くしていくこと。そして、その中で自分の力を最大限に発揮する練習、調整方法を見つけていくこと。遅すぎるということはない。時間をかけて模索し、研ぎ澄ませていけば、誰でも何らかの形で貢献の術を見出すことはできるはずなのである。

(文・杉浦 大介


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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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