Column

創価大の投手育成術 vol.3 「何事も悔いを残さないために一心不乱に打ち込む」

2015.05.13

 第3回では、岸 雅司監督がなぜ人間力を大事にするようになったのか、その背景について。また最後の夏で悔いを残さないために、小松 貴志投手、田中 正義投手、佐藤 康弘コーチにそれぞれメッセージをいただいた。

「野球人間」ではなく「人間野球」

写真9.「人間野球」

 岸監督の言葉は経験に裏打ちされている。山口の久賀高校(現・周防大島高校)から社会人野球の本田技研に入団し10年プレーした後、昭和59年度に28歳の若さで監督就任。当初は年齢の近い選手たちに対し厳しく指導した。翌年度にリーグ戦を初制覇。しかし、当初は今のような常勝とはいえなかった。

 思うような結果が出ず負い目を感じ、人目を避けるようにしていた日々。その時、岸監督の態度は「謙虚ではなく卑怯だ」とたしなめられた。
「勝ち負け以前に人材を作れ、と言われた」
猛省する中、選手ではなく人材を育成するために考え抜いたのが、先に紹介した日記。そしてもう一つが現在の創価大のキャッチフレーズでもある「人間野球」(写真9)だ。その際参考にしたのが自身の社会人野球の経験だった。

「私は大学に行っていないので大学野球を知らない。だから社会人野球をすると言った。大学野球は同世代間で勝負をするけど、社会人野球だと10以上年の離れた人とも野球をする。会社に行けば50代の方もいる。田舎育ちだった当時18歳の僕には、それがカルチャーショックで、10年間もまれました。だから創価大野球部の子たちには、大学で学んで社会へスムーズに入っていける術を身に付けてほしいんです」

 選手たちの挨拶がきっちりしているのはもちろんだが、「ちわっす」「あざっす」というような部特有の言葉づかいをしないのも創価大の特色だ。「こんにちは」「ありがとうございます」と社会に出ても直接使える言葉づかいを心がけている。

 協調性と自立心。この2つを野球で身につかせる。プロ野球に進むだけでなく、タイトルも取るほどの選手を輩出している根本にはこういった要因があったのだ。さらにいえば、野球の道に進まずとも社会人として活躍しているOBはとても多いのだとか。

 そして現在。今年で還暦を迎える岸監督と、毎年入れ替わる選手たちとの年齢差は開いていく一方だ。
「自分としては就任当初と選手に対する意識は変わっていないんですが、今入部してくる子にしてみれば自分たちの親より年上の人が監督なわけで。そう簡単に話しかけられる存在ではないですよね。そこは認識しないといけないなと」

 強化月間だった2月には、1カ月をフルに使って選手との対話に努めた。練習後、自宅に選手を3人ずつよび、夜の8時から長い時で2時間半、お茶を飲みながら話す。
「グラウンドでは私は勝負師と見られていい。でも、グラウンドから離れたところでは孫が6人いる普通のおじさんなんだと(笑)。そういう家庭的な雰囲気で心の距離を縮めたい。もちろん人間対人間ですから、どんな話題を振られようと真摯に受け答えしますよ」

 平成元年に気付かされた人材育成のための方針転換は、今なお続いている。この話とピッチャーの強化に何の関係があるのかと疑問を抱く読者もいるかもしれない。しかし、岸監督が方針転換をした翌年度に創価大は初めて春、秋のリーグ戦を連覇し、全日本野球選手権でもベスト4に入った。そして先述の通り、平成6年度からは1度たりとてリーグ戦で優勝しなかった年はない。

「私の中では平成元年というのは元号が変わったというより、野球部が生まれ変わった年として認識しています。ピッチャーに関しても技術がどうのこうのという上っ面の話じゃない。その土台=心の部分をいかに作り上げるか。しっかりした土台があれば、なにかあっても被害は最小限で済みますから」

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夏、勝てる投手になるためのプロセス
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悔いを残さぬために

左から小松 貴志投手、田中 正義投手(創価大)

「[stadium]甲子園[/stadium]という素晴らしい舞台は今しか目指せません。少しでも自分の力を出せたら近づける。そう信じて3年生も1、2年生も3年生のためにという思いで戦ってもらえたら」(小松 貴志投手)

「人生で一番一生懸命になる時だと思います。自分のできる、これで負けたらしょうがないと開き直れるぐらいまでできたら最高じゃないですか」(田中 正義投手)

 2人からの高校球児へのメッセージだ。2人とも創価高時代、[stadium]甲子園[/stadium]出場経験はない。入学当初から実力を認められてはいたが、本来希望していたピッチャーに専念できなかった高校時代、という点でも共通している。そう、2人とも高校野球は不完全燃焼で終わってしまったのだ。だからこそ大学で一心不乱にピッチャーに打ち込んでいる。

 大学野球へ進めば、たとえ高校野球で悔いが残っていたとしても挽回のチャンスはある。でも、高校時代は一度だけしかない。取り返しは決してきかない。今を生きている高校球児にそれを実感してもらうのは無理かもしれないが、先輩たちの言葉は決して誇張ではない。

 悔いを残さないために、ピッチャーはどうすべきか。3年間、母校のグラウンドで苦しい思いに耐えながら投げ込みをしてきたとする。そして迎えた最後の夏、初戦、初回。緊張からストライクが入らない。四球を連発し焦る。ストライクを入れようと必死になるがゆえに、余計にボールが思ったところにいかない。結局自滅して敗戦――。夏のトーナメントは一度やってしまったら取り返すことはできない。こういった最悪のシナリオから脱するためには、やはり心の持ちようが大事になる。

左から佐藤 康弘コーチ、岸 雅司監督(創価大)

 佐藤 康弘コーチはプリンスホテル時代、壮絶な経験をした。
「当時の社会人野球は本当に厳しい世界で。都市対抗に出られなければ1年間は社内で針のむしろになるような感覚。そんな中での勝負事ですから緊張します。一度、2アウト満塁フルカウントの場面で、緊張のあまりセットポジションから足が上がらないことがありました。一度プレートを外して仕切り直しても上がらない。

 もう一度プレートを外してやっと足が上がったから開き直って投げた経験があります。それで何とか抑えてダッグアウトに戻ってきた時、ベンチの階段を踏み外して下まで転げ落ちました」

 結局、極限の緊張状態を乗り越えるのは自分自身でしかできない。たいせつなのは未曽有の緊張状態をあらかじめ予測し、自分なりに対策を練って心の準備を整えられるか、だ。小松投手は「一度深呼吸を入れる」、田中投手は「最悪の状態をシミュレートしておく」、どんな状態になっても平常心を保ち、乱れぬ方法を自分で考えておくことが何よりも重要かもしれない。

 創価大の「人間野球」ひいては「心で勝つ野球」は、岸 雅司監督32年の土台があってこそのものだ。その土台があって、初めて「3つの基本」が生きてくる。一朝一夕で身に付けられるものではない。しかし一方で、ピッチングは心の持ちようで大きく変わってくることもまた事実。夏を控えた各校ピッチャーも、心がけを日常生活から実践してみることで悔いを残さぬピッチングに結びつけることは可能だ。

(文・伊藤 亮

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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