日本大学三島高等学校 小澤 怜史投手【前編】 「148キロを出したトレーニングとメカニズム」
昨夏、自己最速の148キロをマークした日大三島高の小澤怜史投手。東海屈指の右本格派は五番を打つ打撃でも非凡なところを見せる。昨秋の新チームから主将を拝命。同秋はチームを31年ぶりに東海大会へと導き、4強進出の立役者となった。
今年も日大三島高の支柱としてチームを引っ張る小澤主将兼投手に、これまでを振り返ってもらうとともに、スピードボールを投げる秘訣、県大会と秋の東海大会でともに準決勝で敗れた静岡高への熱い思い、そして今年の抱負などについて話してもらいました。
1年冬の走り込みで球速が10キロアップした
試合中の小澤 怜史投手(日大三島高)【第67回秋季東海地区高等学校野球大会 準決勝 静岡戦より】
――この冬はどんなテーマを持ってトレーニングに取り組んでいるのですか?
小澤 怜史投手(以下「小澤」) 秋の県大会の準決勝と、東海大会の準決勝(試合レポート)で敗れた静岡高の選手は、ウチの選手と比べると、明らかに体格で優っていました。バッティングも走塁もパワーが違いました。ですから、まずは静岡高の選手と同じくらいになれるよう、体重を増やして筋肉も付け、それをうまく使えるようにしたいと思っています。
――静岡高には、小澤投手が2年春の時は決勝でぶつかり勝っていますが、1年秋の2回戦を含めると、入学以来、計3度敗れています。それだけに“今度こそ”の思いも強いでしょう。
小澤 1つ上の先輩たちも、自分たちの代も、秋は静高に勝てなかったので、“打倒・静高”は大きな目標です。冬の練習のモチベーションにもなっています。静高に勝たなければ甲子園はないので…負けた悔しさを僕だけでなく、チーム全員がバネにしています。
――静岡高の選手の中で、特にライバル意識が強い選手はいますか?
小澤 安本 竜二君(2年)でしょうか。秋の東海大会ではバックスクリーンにホームランを打たれましたし。主将として相手の勢いを止めるためにも、主軸はしっかり抑えたいです。
――1年時と2年時では冬の過ごし方も違うと思うのですが、1年時は何がテーマだったのですか?
小澤 このオフは上半身も下半身も鍛えていますが、1年時は下半身が弱かったので、下半身を強くするのが大きなテーマでした。スクワットや走り込みなどで、下半身強化に励みました。(川口剛監督によると、昨オフはかなり走り込んだという)
――それによって球速もアップしましたか?夏は自己最速の148キロをマークしましたが、昨年の今頃(取材は11月)はどのくらいだったのですか?
小澤 最速は130キロ台後半くらいで、入学時は130キロ台前半でした。
――するとひと冬越えて、10キロほどアップしたのですね。下半身を鍛えたのが要因だと思いますか?
小澤 下半身がしっかりしたことで、体の土台ができたのだと思います。バッティングもよくなりましたから。
[page_break:メカニズムは全て独自で築き上げた]メカニズムは全て独自で築き上げた
小澤 怜史投手(日大三島高)
――夏は180センチ71キロというサイズでしたが、現在は?
小澤 体重は74キロくらいあると思います。去年の冬は70キロでした。
――すると1年前と比べると、体も大きくなったのですね。
小澤 入学したばかりの時はゆるかったユニフォームのパンツが、かなりきつくなりました。とはいえ、まだまだ細いので、もう少しガッシリさせたいです。このオフの間に、体重を75キロ以上にするつもりです。
――高校生で150キロ近いボールを投げる投手はそうはいません。なぜスピードボールを投げられるのか、ポイントを教えてください。
小澤 一番大事にしているのは、ボールを離す瞬間に最大限の力を加えるということだと思います。はじめから体に力を入れると、腕の振りが鈍くなってしまうので、ゼロの状態からリリースで100になるイメージで投げています。
――そのために、何か工夫していることはありますか?
小澤 テイクバックの際、一度腕を地面に落として、脱力するようにしています。
――このあたりはどなたかのアドバイスがあったのですか?
小澤 いえ。自宅にある野球の技術書などを参考にしながら、いいと思ったことは試して、そこに行き着いたのです。
――小澤投手のフォームの基礎はいつ築かれたのですか?
小澤 小学生の時です。軟式のリトルジャイアンツというチームでプレーしていたのですが(ちなみに小澤投手が6年時は県大会で準優勝)、そこで監督さんから教わったことがベースになっています。
――中学では強豪・静岡裾野リトルシニアに所属していましたね。中学時代はどんな取り組みをしたのですか?
小澤 硬式を握るのも初めてなら、変化球を投げるのも初めてだったんですが、スピードを求めるのではなく、コントロール重視で、回転がきれいなストレートを投げたいと。回転がわかるように、ボールにテープを貼って投げたりもしました。
――小澤選手が2年時に、静岡裾野シニアは、夏の選手権で日本一になってますね。
小澤 ですが、僕はベンチに入ってなかったんです。エースになったのも、3年春の全国選抜大会でのピッチングが認められてからです。その春はベスト4に進出しましたが、夏の全国大会には出られませんでした。
――1歳年上のお兄さん、拓馬選手とは中学でも同じチームでした。拓馬選手から受けた影響はありますか?
小澤 兄とは小学生の時からずっと同じチームなんですが、家で野球の話をしたことはほとんどないんです。選手としてのタイプが違うのもあって、兄から技術的なアドバイスをされたこともありません。
[page_break:体重移動ができている時はしっかり腕が振れる]体重移動ができている時はしっかり腕が振れる
打席に立つ小澤 怜史投手(日大三島高)【第67回秋季東海地区高等学校野球大会 準決勝 静岡戦より】
――東海大会出場がかかる秋の県3位決定戦(対常葉菊川高)では、147キロを記録してます。その試合後、小澤投手は「1イニング限定でマークした夏の148キロよりも、9回を投げ切った(完封)中での、この147キロの方が価値はある」とコメントしてますね。
小澤 1イニングだけなら、誰もが自己最速をマークする可能性が高いですし、たまたま出るケースもあるので…それよりも、1試合投げ切った中で出した数字は本物だと思うのです。
――完封した中での147キロ。これを果たせた要因は何ですか?
小澤 いろいろとあると思いますが、一番はスタミナがついたからでは。僕は2年夏まで完投の経験がなかったので、新チームになっての夏場の練習試合では、完投できるスタミナがつくよう、長いイニングを投げさせてもらったのですが、その成果だと思います。
――東海大会で準決勝まで進んだ、秋の投球を振り返ってください。
小澤 始まりの東部地区予選の時は調子が悪くて、失点する試合も多かったのですが、県大会では静高戦以外は、まずまずの投球ができたかと思います。東海大会は調子がよくなかったですね。
――県大会の準々決勝、藤枝明誠高との試合では2安打1四球で、公式戦初完封を果たしました。
小澤 2回戦(対常葉橘高)では体が流れてしまったんですけど、そこをしっかり修正できた結果が、初完封につながったのだと思います。
――先に触れました、147キロをマークした常葉菊川高との県3位決定戦でも、被安打1で完封しました。
小澤 自分としては、藤枝明誠高との試合の方が感覚としては良かったのですが、ボール自体がいっていたので、完封できたのだと思います。
――小澤投手にとって、いい時の感覚とは、どんな感覚なのでしょうか?
小澤 しっかり腕が振れていて、きっちりコースに決まる。そういう時が、僕にとっていい時の感覚です。
――どうして腕が振れる時と、振れない時が生じるのでしょう?
小澤 僕の場合は体重の移動ができている時は腕が振れるのですが、上手くいっていない時は、腕の振りがスムーズにいきません。ですから、この体重移動が、僕にとっては大きなポイントなんです。
ここまで最速148キロを出す小澤投手のフォームの「メカニズム」について、触れてきました。後編では、身体作り、打撃、そして今年に向けて取り組みたいことについて迫っていきます!
(インタビュー・上原 伸一)