府立大冠高等学校(大阪)
打力を高めなければ大阪で勝つことはできない
皆でガッツポーズ(大冠高等学校)
激戦区大阪で毎年のようにベスト16、ベスト8進出を果たす安定した戦いぶりに定評があった大冠高校。この春の大阪大会では大商大堺、PL学園(2014年05月17日)、上宮太子(2014年05月10日)といった強豪私学を撃破し、ついに創部初の3位入賞。
大阪の公立勢を牽引する野球部の練習をこの目で確かめるべく、高槻市に位置する学校を訪ねた。グラウンドで出迎えてくれたのは、就任18年目を迎えた東山 宏司監督だ。
「しんどい試合が続きましたが、なんとか1点差で勝つことができましたね……」
上記の強豪私学とのゲームスコアを振り返ると、大商大堺戦7対6、上宮太子戦(2014年05月10日)6対5、PL学園戦(2014年05月17日)8対7(うち2試合がサヨナラ勝ち)。公立校が強豪私学相手に金星を挙げるゲームはロースコアであることが多いが、すべて打ち勝っての勝利。春季大会7試合の1試合当たりの平均得点は7。その高い打撃力は強く印象に残った。
「守備はもちろん大事です。うちも守備はいっさいおろそかにしていませんし、自信もあります。しかし、守備をきっちりと固めた上で打力を上げていかないとやはり強豪校には勝てない。いいピッチャーが揃ったと思った年でも、やはり大阪大会で強豪校と対戦すると、1試合に5点、6点はとられる。ということは強豪相手であっても6点目、7点目をとれるチームを作らなければでなければ大阪では勝ちあがれないんです」
強豪校相手であっても打ち勝つことが可能な打線づくり。その大きな鍵となるのは「キャッチャー寄りのミートポイントできちんと引きつけて打てる選手の育成」と東山監督は教えてくれた。
「選手たちに『小学生、中学生のときにどうやってバッティングを教えられた?』と訊ねると、9割くらいの選手が『前で打てといわれました』と答えるんです。
しかし、今の高校野球で上位に進出してくるチームのピッチャーたちはほとんどといっていいほど、優れた高速スライダーやフォークボールを持っている。こういった変化球に対して、前で打つタイプのバッターはどうしても球を追いかけてしまい、ボール球を振らされてしまうケースが多くなってしまう。やはり、ポイントをキャッチャー寄りに下げても詰まることなく、きちんと打てる技術がどうしても不可欠になってくるんです」
[page_break: 打線強化のポイントは打点を前に]打線強化のポイントは「打つポイント」
重いバットでティーバッティングを繰り返す
ポイントを従来よりも体に近くした上で、ボールをさばくことができるバッターになるための大事なポイントとは?
そんな筆者の問いに対する東山監督の答えは「なんといっても大事なのはスイングスピードを速くすること。速いスイングスピードが身につかなければ、やはりボールを引きつけて打つことはできない」だった。
「後ろ側の手の押し込みや、内側から正しく振れる正しいスイングももちろん大事です。でも、やはり一番の鍵となるのはボールを引きつけても、振り遅れることのない、速いスイングスピードを備えているか。これが大前提になってきます」
大冠高校では、スイングスピードを向上させるため、12月から2月にかけてのオフシーズン期間は試合で使用するような長さ、重さのバットはすべて倉庫にしまうのだという。しかも、一切使えないよう、倉庫に鍵をかけてしまう徹底ぶりだ。使用できるのは長尺バットや鉄製のバット、あるいは2キロほどある超重量金属バットといった特殊なバットのみ。その意図を東山監督は次のように明かしてくれた。
「一日に1000回以上バットを振ることをチームのノルマ、合言葉にしているのですが、普通のバットを1000回振るのと、通常よりも長かったり、重かったりするバットを1000回振るのとでは、やはりスイングスピードに差が出てくるんです。
でも選手たちにすれば、やはり苦しいし、面白くない。通常のバットが目の前にあれば、普段の素振りや打撃練習でもついつい選手たちは楽な方のバットを手に取ってしまう。だから視界に入らないように、倉庫にしまってしまおうと。目の前にあるバットは『普通じゃないバット』のみという状況を作ってしまえと思ったんです。でも仕方なく普通じゃないバットを振り続けるうちに、いつしか普通じゃないはずのバットが『普通』という感覚になってくる。
このやり方を導入して3年になりますが、冬が明け、春になり、倉庫から出したバットを使う頃には、選手たちのスイングスピードは飛躍的に速くなっているんです」
入学したばかりの1年生は、スイングスピードに関して言えば、大きく伸びるケースが多い。無理に引きつけて打とうとすると、詰まってしまうケースが大半だが、東山監督は「『詰まってもいいから、ポイントをキャッチャー寄りにして打て!』と言い続けることが大事」という。
「どんなに詰まっても絶対に怒らないでおこうと固く決めています。詰まることを責めると、選手たちは必ず前で打とうとするので、いつまでたってもポイントを下げる打撃と向き合えませんから。詰まり続ける過程で、スイングを速くする重要性も身に染みて理解できるようになるんです」
練習試合で苦しみ、試合で笑え!
守備練習を終えて、課題などを選手たちで話し合い
強豪校相手でも打ち勝てるチームを作りの一環として、「打撃力に定評のあるチームと練習試合を数多く組むことを意識している」と東山監督。
「やはり甲子園常連の打撃力のあるチームと試合をさせてもらうと、コテンパンにやられることも珍しくない。でもそんな苦しい試合をこなしていく中で、『6点、7点とれるチームにならないと勝てないんだ!』という感覚を植え付けたい。そんな思いがあります。そういった試合をこなす中で、投手陣も相当鍛えられますしね。練習試合でボコボコにされても構わない。選手たちには『練習試合で苦しんで公式戦で笑え!』と常々言っています」
野球のセオリーにとらわれない姿勢もチームの大きな特徴だ。
例をひとつ挙げると、大冠高校では無死、あるいは一死二塁でショートゴロが飛んだ場合はすべてゴーという決めごとになっているのだという。
「野球のセオリーとしては、三遊間寄りのショートゴロは二塁にバックですよね。そしてそういうチームの方が圧倒的に多い。しかし、うちではすべてゴーという約束事にしています。実際にすべてゴーでやってみると、サードでアウトになるケースは1割くらいしかないんですよ。ショートが投げてこないケースも多いですし、投げてランナーに当たることも多い。
三遊間寄りのゴロだとサードが打球を追って飛び出しているケースも多く、三塁ベースに戻れないことのほうが圧倒的に多い。スタートを切っているため、三遊間を抜けたヒットで二塁走者が生還するケースも増えるので、トータルで見たら間違いなくメリットのほうが大きいんです。それならばやらない手はない。1割の確率でアウトになっても、そこは仕方ない」
常識にとらわれない柔軟な発想、そしてチームの約束事としてやりきる信念も大冠高校の躍進を大いに支えているといえよう。
大冠の躍進支える「マンツーマン指導」
監督がマンツーマンで指導する
学年やレギュラー、非レギュラーなどの要素は一切関係ない。たとえ夏の大会前であっても、グラウンドの隅で監督が入部間もない一年生を1対1で指導している光景が見られるのがこのチームの日常だ。
「もちろん1人20分の時もあるし、30、40分かけることもありますが、とにかく全部員に対し、マンツーマン指導をおこなうようにしています」
マンツーマン指導を重視する理由。それは1対1で指導を行う方が、その選手に合った指導ポイントや適切な言葉を授けることができるため、上達の度合い、そして上達スピードを上げていくことが可能な点だ。
服に例えるならば、既製服ではなく、オーダーメイドのような指導。個人にあった、きめ細かい指導を徹底することが、個人のより確かな技術向上につながっていくという考えだ。東山監督は続けた。
「入部したての一年生などは、夏の大会が終わるまでは、声だしやボール拾いに追われ、あとは走るだけという状況のチームって今でも少なくないと思うんです。でもそのやり方だと、秋の新チーム結成まで、技術的に何も変わっていないことも十分考えられる。新チームになって一から基本を教えなければいけないような出遅れた状況を作ってしまうと、うちのような公立校は、秋に強豪相手に勝つことはかなり難しくなる。
やはり新チーム結成時には一年生全員が少なくともバッティングの基本と、ゴロ捕球、そしてスローイングの基本を身につけている状態までもっていき、あとは実戦経験だけが不足しているという状態にしておきたい。そしてその状態を可能にするのが全部員公平に行うマンツーマン指導なんです。10年前から徹底して行うようになってから、年間を通して、毎年のように安定した成績が出せるようになった。うちのチームの生命線ともいえる部分です」
[page_break: チームの納得度を高めたい]チームの納得度を高めたい
熱意をあらわした横断幕。この春は結果を残し夏に挑む
東山監督が選手たちを指導する上で、大きくこだわっている点がもうひとつある。それは学年や立場によって練習メニューに差がつかないようにすることだ。
「現在部員は3学年合わせて75人いますが、ポジション別にグループにわけて、ローテーションを組み、1年生も3年生も同じ練習ができるようにすることを徹底しています。バッティングに関しては多少打つ本数に差が出ることもありますが、守備に関しては学年に関係なく1年生の内野手も3年生の内野手も同じノックの量を受けられる体制をつくることを強く意識しています」
同じ練習メニューをこなすことにこだわる大きな理由として「『チームとしての納得度を高めたい』という思いも大いにある」と東山監督。
「これだけ部員がいると大会でベンチに入れない選手もたくさん生まれてしまいます。でも全員で同じ練習をした上で、メンバーから漏れるのと、練習メニューに大きく差をつけられた後にメンバーから漏れるのとではベンチに入れなかった選手たちの納得の度合いが大きく変わってくると思うんです」
なぜ毎年のように多くの部員がこの野球部の門を叩くのか。その理由がわかった気がした瞬間だった。
東山監督は言う。
「チームに魅力があれば、本来ならば強豪校に進んでいてもおかしくない選手が、うちで野球することを選択してくれるケースだって増えてくる。『公立で強豪を喰ってやる!という気持ちを持った選手が多ければ多いほど、結果がともなうチームが生まれるものです。
そういった意味では、今、いい流れが作れているのかもしれないですね。」
1990年の大阪渋谷以来となる、公立校の夏の大阪制覇を狙う大冠。その戦いに要注目だ。
(文・服部 健太郎)