芝高等学校(東京)
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中高一貫の男子校の進学校として、東大や早慶、上智、東京理科大など名門校に多くの合格者を出していることで高い評価を受けている芝高校。その、高校野球部が昨秋の東京都大会でベスト16に進出して注目を浴びた。土のないグラウンドで、しかも週2日は練習が出来ないという状況である。そんな環境でも、それをハンデと思わないで取り組んでいく意識でチームは一つの結果を出したとも言えそうだ。
都会のど真ん中にある学園
選手もノックを打つ
中学の部活で、硬式野球というのは珍しいが、芝中学は20年ほど前に「芝シニア」を創設して、リトルシニア連盟に加わった。現在では、中高一貫の強豪校などでも見受けられるシステムだが、芝高校は日本で初めてそのシステムを取り入れた先駆の学校だ。
[page_break勝負事は、必ずしも「いい子」だけでは勝てない]勝負事は、必ずしも「いい子」だけでは勝てない
都会のど真ん中にある学園である。広いグラウンドなど保有出来るわけではなく、3レーンの200メートルトラックを取るのが精一杯。それを、4つの野球部に加えて、サッカー部や陸上競技部、テニス部などで使用している。しかも、グラウンドはラバーが敷かれているのだ。だから、スライディングやダイビング捕球なども思い切って出来ない。
グラウンドを、火曜、水曜、金曜と土曜の午後に野球関係で分け合って使用ということになっている。土曜日、日曜日に試合が組まれていることが多いということを考えると、週2回は休養日となる。
平日は、午後7時半に完全下校を目指しているので、ストレッチや片づけなどの時間を考慮すると、ボールを用いた練習そのものは6時半には終了ということになる。練習環境としては、とても恵まれているとは言えない状況だ。
それでも田中央監督は、「もっと環境に恵まれていないところもある。どんな形であれ、ノックを受けることが出来て、バッティングだって出来るのだから、ハンデをハンデだと思ってはいけない」と、選手たちにも常に言っている。
選手たちに刺激を与え、強い心に鍛えられるよう指導する田中監督(芝)
芝よりも厳しい環境で練習しているチームはたくさんある。勝ち進めないのは、選手の「優しさ」にあると田中監督は思っている。小学生の頃から優等生として過ごしてきた生徒たちである。親も含めておよそ他人から怒られるという経験がないまま高校まで来ている傾向が強い。
なんとか、ハングリーさを身につけて欲しくて、田中監督は意図的に怒るようにしているとも言う。
「いわゆるお坊ちゃん育ちが多くて、みんな『いいね、いいね』でここまで来ている子たちです。だから、上手くいかなくなったり、逆境になった時にパニックになりやすいんですよ。そうならないために、あえて、プレッシャーのかかった状態でプレーするようにしているのです」と田中監督。
勝負事は、必ずしも「いい子」だけでは勝てないということを日々の中から感じさせていくという狙いもあるのだ。
「グラウンドへ出てくる以上は練習でも試合と同じ。だから、練習に出る時も、試合に出るのと同じ準備をする姿勢が大事だと言っています」
こうして、優等生として育ってきた選手たちに刺激を与えて、強い心を鍛えている。プレッシャーがかかるなか、練習をするのは大変のはずだが、週2日の休養日が、気持ちのバランスが整うようになっている。
グラウンドが使える日の練習では、長方形で長い辺の側が80メートルくらいは取れるグラウンドを最大限活用した、外野の中継プレーやカットプレー、あるいは内野の連係やランダウンプレーがメインとなる。外野ノックでは、ノッカーの田中監督自身が左右へ異動して、2カ所にホームベースを設定しておいて、左翼線と右翼線とそれぞれの中継の練習が出来るように工夫している。
それらの基本となっているのがキャッチボールメニューを中心にしているという練習の姿勢がある。
「まずは、キャッチボールを正確にすること。それが正確な送球につながると思います。ヒットを打たれても、どこでアウトがとれるかを考えて欲しい。グラウンドのどこでアウトが取れるかを考えるように指示しています」と田中監督。ヒットを許してもアウトを取れるため守りを鍛えることが大事と考えているのだ。
「優れた選手がいるというワケではありませんから、基本練習がすべてです。攻撃でもバントをきちんと決めていく。それが勝利につながる」と、芝の野球スタイルを語る。
芝が注目を集めることになったのは、昨秋の快進撃があったからだ。秋季大会ではブロック予選を勝ち上がり、東京都大会本大会に進出。2回戦(初戦)では帝京を下して勢いに乗る日大二を倒し(2013年10月19日)、ベスト16に進出を果たしたのである。
[page_break昨秋ベスト16!その原動力は!?]昨秋ベスト16!その原動力は!?
躍進の原動力となったのが、188cmの左腕田中 裕貴投手である。中学時代から、その長身で目立つ選手ではあったが、当時は70kgほどしかなかった。高校に進学して練習の前後の補食の効果などもあって、体重増に成功し、現在は87kg。最終的には90kgを目指すという。
188cm左腕・田中 裕貴投手(芝)
「グラウンドや練習時間のハンデを感じることもありますけれど、そういうチームでも勝てるんだということを示したいと思います」と田中。田中監督が日頃選手たちに伝えている意識は選手たちに浸透しているようだ。
そして、勝てるチームに脱皮するための課題は、「カバーリングなど基本をひとつひとつきっちりやっていきたい」と考えている。
そして自身については、こう振り返る。
「投手が打たれなければ負けないのですが、春の都大会の東亜学園戦(2014年4月4日)は、試合を作れませんでした。制球がなくてただボールを投げていただけで、勝つためのピッチングが出来ていませんでした」
体は成長した。冬場には徹底して下半身強化に励んだ。平日は、皇居外周を回って戻ってくる10kmというコース。オフも自宅の周りを1時間は走り込んだ。それで下半身は鍛えられたはずだった。しかし、公式戦という独特の雰囲気に呑まれ実力を発揮出来なかった。それを田中は悔やむ。
「監督から、ボールのコントロールは心のコントロールだということを言われています。負けない心、強い心を持ちたいです」と、メンタル面の強化を夏への課題に挙げる。
チームのモットーでもある「自律自立前後裁断」という、「自分を律して前後のプレーを切って今に集中する」という自己管理と自分たちで考えるという姿勢で精神力も鍛えていくつもりだ。
田中監督は、「高校野球を通じて行動力と表現力を育てていってくれれば、野球をやっていたことが、その後の人生でも生きてくるのではないかと思っています」と、文武に励む進学校の選手たちを見守っている。
東京タワーのそびえる夏の青空に、どこよりも高く舞い上がれるか。チームは最後の夏に向けて準備を進めている。
残された日数は後僅かだ。
(文=手束 仁)