Column

夏直前!戦力レポート 済美高等学校(愛媛)

2013.07.17

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「バカになれ」

 「センバツ準優勝」。あの快進撃から3ヶ月が過ぎ、夏が始まった。だが、春の残像は今も松山市のそこかしこに残っている。愛媛大会直前まで掲示されていた市役所の大型懸垂幕や愛媛県庁玄関の立看板。それと入れ替わるように坊ちゃんスタジアム内にある「の・ボールミュージアム」でセンバツ準優勝記念特別展示がスタート。2009年夏の西条以来、丸3年間甲子園勝利がなかった愛媛県勢の失地を一気に回復した済美野球部への感謝は147万愛媛県民の総意である。

 ゆえに夏へ挑む第1シードには大きな期待とプレッシャーがのしかかる。「今度は全国制覇」、「次は155キロ」。150%の力を出し切った彼らにともすると酷な要求は、頭も体も、そして心もがんじがらめにしようとしていた。

 そんな中、突入した恒例である6月末の直前強化練習。名将・上甲正典監督が取り入れたのは、試合で100%以上を出し切る秘訣ともなっている剛柔兼ね備えたアプローチであった。

もがき、苦しむ「センバツ後」

 「安樂(智大・2年)の調子がどう回復するかがかぎでしょうね」

 練習前、報道陣を一塁側ベンチ横にある監督室に招き入れてくれた上甲監督は、いきなり核心部分から夏への見通しを話し始めた。

瀬戸内高校野球部 小川成海監督

6月30日・明徳義塾との練習試合で力投する安樂智大投手(2年)

「自分は焦っていないんですが、安樂自身はそうではない。でも、それが高校生だと思うんですよ。センバツ決勝で負けた悔しさがあるので、もう一度甲子園に帰りたい気持ちがある。もう1つ、夏はさらにスピードを上げたいと思っている。でも、スピードは届いていない。一生懸命もがいています」

 そうなのだ。右手首の骨挫傷で1ヶ月の休養を余儀なくされて以降、152キロ右腕はもがき苦しんでいる。復帰後すぐに登板した春季四国大会では1回戦の高知(高知)戦こそ守護神役を全うするも、連投となった準決勝・尽誠学園(香川)戦ではボールが高めに浮き痛打を浴びることに。その後、練習試合でもカウントを整えにいって軒並み長打を食らう様は、力でねじ伏せにかかるセンバツの姿とはかけ離れたものである。

 もがき苦しんでいたのはエースばかりではない。センバツ中から、ケガ人は、入れ替わり立ち代わりでた。特にセンバツでは準優勝旗を受けた太田裕也(3年)は四国大会で脚に受けた死球に加え、腰痛や蓄膿症の発症により基礎体力を再び見直した5・6月の練習でも先頭に立てない状態が続いていた。

 この間、宇佐川陸(3年)を代理主将に立てていた指揮官であるが、6月23日の組み合わせ抽選会において宇佐川が選手宣誓の大役を仰せつかると、上甲監督は正式に新主将に任命した。

 宇佐川陸。彼こそが夏の愛媛大会・済美のキャプテンである。

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[page_break:主将就任で生まれた「真の責任感」と指揮官の後押し]

主将就任で生まれた「真の責任感」と指揮官の後押し

 「自分の気持ちで今までやっていたので、これではダメだと思っていました。確かにまとめるのは大変ですが、自分がやらないといけない気持ちは増えました」

 春季四国大会後、遊撃手から二塁手へと定位置が変わり、心機一転を期す宇佐川にとっても主将就任はいわば望んでいたものだった。

瀬戸内高校野球部 山岡泰輔投手

ノックでボールを呼ぶ新主将・宇佐川陸二塁手(3年)

 事実、ランニングで先頭に立つのも、ノックでも真っ先に声を出すのは宇佐川。「先頭に立ってやっている」言葉を体現することで、チームは明らかに活性化している。

 「主将になってから成長したと思います」常に鬼の形相で選手たちを鼓舞する田坂僚馬コーチも、彼の進化を認めている1人である。

 そのムードを後押ししているのはやはり「重圧につぶされないために強化練習では選手たちをヘトヘトにさせていきたい」と話して監督室を去った上甲監督である。この日のミーティングでもまず「バカになってやれ!」と選手たちを鼓舞。回転・ワンバウンドなど様々な形でまわすボール回しに少しでも活気が感じられなくなると大きな体をゆすって「ワーッとやれ!」と孫のほどの年の差を感じさせない声で元気を要求。となれば、選手たちも声を出すしかない。

 よっていつも以上に激しいノックでも選手たちの声は途切れず。そこにはモヤモヤを振り切り「バカになった」済美の姿があった。

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厳しさの間に「和み」を入れる上甲流

瀬戸内高校野球部 山岡泰輔投手

誕生日ケーキのローソクを吹き消す上甲正典監督

 そうこうしているうちに済美グラウンドには、オーディオ機器やポンポンなどを持った明らかにグラウンドの激しさとは似合わない女の子たちが集まり始める。

 「何ごと?」

 と思っているうちにノック終了と同時に練習は中断。レフト側で女の子たちがおもむろに機器や用具のセッティングを始める。野球部全員もセッティングに加わりはじめ、そこには大きなケーキが持ち込まれた。

 実は女の子たちは夏には野球応援のチアガールとして参加している新体操部員の皆さん。取材日の6月27日は偶然にも共に6月24日生まれの中矢太部長(39歳)、上甲監督(66歳)の誕生日イベントが行われることになっていたのだ。

 かくして始まった新体操部の見事な演技。それが終わると今度は3年生が新体操部と一緒に踊り始めた。笑いながら拍手する1・2年生。そして中矢部長や上甲監督、スタッフやご父兄・後援会の皆さんも目を細めてダンスをみやる。ついさっきまで厳しさが支配していた済美球技場は「和み」の空間となった。

 ただ、である。中矢部長、上甲監督がローソクを吹き消し、ケーキが選手たちに振舞われてしばらくすると「集合!」の声が。練習は終わりではなかった。「PLノック」と呼ばれるランナー付ケースノックに入ると「和み」はローソクの火のように消し飛んだのである。

 この一連の流れを見ていてハタと気づいたことがある。「この強弱こそ、試合の流れそのもの。これぞ済美をつかむ秘訣ではないのだろうか」と。

 名目は自らの誕生日と言ってはいるが、楽しさと厳しさの切り替えを測るにはこれ以上格好の材料はないはず。指揮官自身はその真意について語ることは決してないだろうが、「センバツでついた経験はあるが、夏は何でも初舞台」を勝ち抜く狙いはここでもひしひしと感じられた。

[page_break:「バカになった」エースを背に、いざ坊ちゃんスタジアムへ]

「バカになった」エースを背に、いざ坊ちゃんスタジアムへ

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 4時間以上にわたる練習を終え、報道陣の前に立った安樂智大。その目はすでに戦闘モードにあった。そのコメントも闘いを意識した強い決意が並ぶ。

「自分が(浦和学院(埼玉)との)センバツ決勝戦で負けた理由は5回表1対1でのエラーの後、二死満塁で三振がとれなかったこと。センバツ後最初は打たせてとりにいくことを考えていましたけど、今はそんな場面があったら三振を取りにいきます」

「変化球はスライダーを磨くことと、スプリットを練習で投げて手ごたえを感じています。ただ、それはあくまでも真っ直ぐを活かすためのボールです」

「肩のスタミナを付けるため、今は200球・150球と投げ込んでいます。ここで追い込んで自信を付けて、自分が一番と思って堂々とできるようにしたい」

 そしてインタビューの最初に言った決意はこれだった。

「夏、甲子園に行くことしか考えていないです。たとえ10点取られてもチームが勝てばいいです」

「愛媛大会で対戦する相手も150キロ・160キロを想定してバッティング練習しているので、三振はしない」だからこそ、指揮官はその言葉と行動を待っていたのだ。

 そういえば、上甲監督はポツリとこんなことも言っていた。

「ここまで長かったよ」

 が、こうなればもう苦しみの時間は終わりである。あとは自分を信じ、済美球技場でやってきたことを信じ、バカになってやりきるだけ。坊ちゃんスタジアムはそんな彼らの躍動を心して待っている。

■関連記事:

高校野球ドットコム インタビュー 第122回 済美高等学校 安樂 智大 投手

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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