試合レポート

済美vs広陵

2013.03.26

甲子園を沸かせた、安楽智大の投球

 知り合いのスカウトは「選抜ではまだ前の席で見ていない」と言う。前の席とは主催者から用意されているスカウト席のことで、前方に設置されている。ドラフトで指名するような投手が登板するときは近くで見ることができるスカウト席で見、そうでないときは全体を俯瞰できる後方の一般席で見るというのがスカウトの一般的な態度のようだ。

 そのスカウト氏は「明日は前の席で見ますよ」と言った。その明日が、この済美広陵戦である。済美安楽智大(2年)、広島広陵・下石涼太の投手戦で、とくに注目したのが安楽だ。大会前の練習試合で脇腹に死球を受け、調子は必ずしもよくないと聞いていてが、まったく問題なかった。

 数字的なことから紹介しよう。この日記録したストレートの最速は152キロ。1、2年生が選抜大会で150キロを超えたのは今までにいないと聞いていたので史上初の快挙である。投球フォームは粗っぽく見える。腕の振りが体から離れ、さらに左肩が上がっているので力まかせに投げている印象を与えるのだ。しかし、左肩の早い開きがなく、リリースでボールを押さえ込む術も心得ている。奔放な部分は残しながら肝心のツボは押さえていると言っていいだろう。

 走者を一塁に置いたときのクイックは1.06~1.13秒と速い。盗塁を4個決められているが、これは捕手との連係プレーなので安楽ばかりを責められない。一塁けん制、二塁けん制も素早く、投げるだけの投手でないことは確かなようだ。

 何人かのスカウトに会うたびに「凄いですね」と振ると、皆満面の笑みで「やっと凄いのが出てきましたね」「破格ですね」と興奮気味。好素材を探すスカウトにとって、1年後であろうとドラフト1位で指名できるような選手と出会うことは喜びなのだ。

 スピードへの意欲は高い。思い切り腕を振れば最速152キロが出るが、ボールは高目に浮きがちである。しかし、力7、8分で投げると球速は142~144キロに減速するが、リリースでしっかりボールを押さえ込むことができ、ボールは腕の振りより一瞬遅れて出てき低めによく伸びる。このストレートが一級品である。
 変化球は資料にはスライダー、カーブ、シンカー、ナックルがあると紹介されているが、スライダーとカーブ以外はそれだとわからなかった。この分野はこれからの課題と言っていいだろう。


 広島広陵打線は素晴らしかった。安楽のような本格派にはタイミングの取り方が早くなるのが普通だが、1番下石涼太、3番坂田一平、4番太田創、6番林拓真(2年)を筆頭にゆったりタイミングを取る選手が多かった。

 ゲームの展開を見て行こう。先制したのは済美。6回裏、四球(二盗)、振り逃げで無死一、三塁のチャンスで打席に立つのは4番安楽智大

 [1]内角高めストレート(空振り)、[2]真ん中ストレート(空振り)、[3]外角低め変化球(ボール)、[4]外角低め変化球(ボール)、[5]外角低めストレート(ボール)

 この配球で3ボール2ストライクになり、6球目の内角ストレートをライトフェンスを直撃する二塁打を放つのだが、カギは1、2球目の空振りにあったと思う。フルスイングされたことにより広島広陵バッテリーは内角に投げることへの恐怖心が湧いた。3球目以降外角一辺倒の配球が続いていくのだが、今度はカウントが悪くなり、外角を狙われるのではという猜疑心が湧いた。その迷いが6球目の内角ストレートにつながっていく。

 試合は3点目を奪った済美に対して広陵が9回に同点に追いつきスリリングな展開になるが、私の中では安楽のピッチングと6回の攻防が強く心に残った。内野安打で済美のサヨナラ勝ちが決まると、第二記者席の記者やライターの表情は熱っぽく、通路ですれ違うスカウトの面々も満ち足りた様子だった。

(文=小関順二)

[pc]

済美vs広陵 | 高校野球ドットコム
[/pc]

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.05.20

【春季京都府大会】センバツ出場の京都国際が春連覇!あえてベンチ外だった2年生左腕が14奪三振公式戦初完投

2024.05.20

【24年夏全国地方大会シード校一覧】現在31地区が決定、宮城では古川学園、仙台南、岩手では盛岡大附、秋田では秋田商などがシードを獲得

2024.05.21

【24年夏全国地方大会シード校一覧】現在33地区が決定、岩手では花巻東、秋田では横手清陵などがシードを獲得〈5月20日〉

2024.05.21

いまも3人が現役で奮闘中! 200勝達成したダルビッシュの同期生

2024.05.21

国際武道大の新入生に、作新学院、東海大相模の主力、東海大甲府の本格派右腕、銚子商エースなどが加入!

2024.05.15

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.05.17

「野球部や高校部活動で、”民主主義”を実践するには?」――教育者・工藤勇一さん【『新しい高校野球のかたち』を考えるvol.5】

2024.05.16

【宮城】仙台一、東北、柴田、東陵がコールド発進<春季県大会>

2024.05.19

【東海】中京大中京がコールド勝ちで17年ぶり、菰野は激戦を制して23年ぶりの決勝進出<春季地区大会>

2024.05.18

【秋田】明桜がサヨナラ、鹿角は逆転勝ちで8強進出、夏のシードを獲得<春季大会>

2024.04.21

【愛知】愛工大名電が東邦に敗れ、夏ノーシードに!シード校が決定<春季大会>

2024.04.29

【福島】東日本国際大昌平、磐城、会津北嶺、会津学鳳が県大会切符<春季県大会支部予選>

2024.04.22

【春季愛知県大会】中部大春日丘がビッグイニングで流れを引き寄せ、豊橋中央を退ける

2024.04.22

【鳥取】昨年秋と同じく、米子松蔭と鳥取城北が決勝へ<春季県大会>

2024.04.23

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?