試合レポート

智辯和歌山vs那賀

2012.07.29

勝利への執念

なかなかホームを踏めない苛立ちに満ちた嶌直広(3年)の表情がこの日の智弁和歌山を象徴していた。

「お前らええ加減に打てって」

チャンスメークをすれども、すれども、嶌はただただ、天を仰ぐしかなかった。

智弁和歌山にとって8連覇のかかった舞台。「目標にしてはいましたけど、特にプレッシャーではない」と選手たちは口をそろえるが、夏の和歌山を勝ち切る難しさをモロに感じた決勝戦だった。

「自分たちの代で優勝することがこんなに難しいとは思ってもいませんでした。夏を勝つのは大変だと改めて感じた」と主将の川崎晃佑である。

試合は那賀が先制点を挙げる。
高嶋監督は、この夏、もっとも信頼の厚い吉川雄大(2年)を先発にマウンドにあげたが、「決勝の舞台に硬くなってしまった」と吉川は乱調だった。先頭をレフト前ヒットで出すと、次打者のバント処理でつまづいてしまう。そして、3番北野智大(3年)を四球で出して満塁とすると、1死後、押し出し四球で1点を献上。さらに、スクイズでもう1点失った。

川崎は言う。
「2点を取られて特に焦ることはなかったんですけど、決勝戦くらいは自分たちのペースでできると思っていたので、2点を取られた時は、また追わなあかんのかって思いました」

しかし、追いたいところが、本来は4番に据えるべき嶌をチャンスメーカーにおいている今年の智弁和歌山は、ここから苦しむことになる。6回までは走者を出しながらも得点できず。頼みの嶌も二死からの打席で好機を広げられなかった。


7回表、ちょっとしたところから好機をもらう。
5番吉川のフライを相手守備が見失って、無死2塁の好機となる。
ここで、高嶋監督は犠打で走者を進めると7番・高垣和馬(3年)がレフト前タイムリーを放ち1点を返す。8番・川崎に犠打をさせて、2死・2塁とすると、9番・沼倉健太(3年)のセカンドゴロを相手守備が悪送球。さらに、嶌のところでバッテリーエラーが生まれ、同点に追いついた。嶌が歩かされ、逆転はならなかったものの、智弁和歌山は何とか追いついた。

智弁和歌山・高嶋仁監督はこのシーンをこう振り返っている。
「あっこまでいっんやったら、逆転して欲しいんやけど、そこが今年のチームの弱いとこ。でも、あの回はライトが打球を見失ったりしてたんで、あー、まだうちを甲子園に呼んでくれとんやなぁという気はしました」

高嶋監督のこの言葉は的を射ている。
本来なら、普通に終わっていた攻撃で得点が転がり込んでくるのである。
7連覇もしているという智弁和歌山の圧力はミスを呼び込むのだろう。

同点になってからはほぼ智弁和歌山のゲームだった。
那賀が優位に運べたのは後攻めだという精神性の余裕がもたらしただけだった。
高嶋監督も「先攻めで点を取れんと、不安はつきまとう」と振り返っている。

9回表、二死一、二塁の好機を作ったが無得点。10回表はクリーンアップからの攻撃も、3番・大島卓也(2年)の大飛球を好捕されると、後続はあっさり倒れた。12回表には、9番・沼倉、1番・嶌でチャンスメークし、無死1・3塁の好機を作ったが、タイムリーがでない。

嶌の苛立ちが最高潮に達していたのはこの時だった。
13回表には痺れを切らした高嶋監督が一死二、三塁からセーフティスクイズを指示。しかし、これは相手守備にホーム寸前で防がれた。「何をやってもあかん」と高嶋監督も、打つてなしの状態だった。


それでも諦めぬ核弾頭・嶌が14回表に、口火を切る。
嶌がライト前ヒットで出塁すると、犠打で二塁へ進む。そして、それまで好機でことごとく凡退していた大倉がライトオーバーのタイムリー三塁打を放つ。嶌はガッツポーズで生還し、殊勲の大倉も三塁ベース上で、雄たけびを上げた。二死後、5番・土井健太郎もレフト前タイムリーを放ち2点目。ようやく、那賀との差を開けたのであり。

その裏、那賀の先頭打者・河崎大起(3年)に出塁を許すと、エース・䕃地野正起が登板。
三人を難なく抑えてゲームセット。
智弁和歌山は、戦後全国最長となる8年連続出場を果たしたのである。

高嶋監督は「(8連覇は)結果のことですから」と特に喜びもしなかった。この数字は、達成した智弁和歌山サイドより、敗れ去ったものたちの方が重く感じているのではないだろうか。

那賀・高津亮監督は、この試合に臨む心構えをこう話している。
「背負うというのはちょっと違うかもしれませんが、和歌山の他のチームの監督や選手たちの想いを感じながら、智弁和歌山に挑もうという想いでした」
だが、試合を通じて感じたのは「高嶋監督の執念でした。絶対に選手を甲子園に連れていくっていう執念。僕も負けているつもりはないんですけど、最後、こうなってしまうのは、その差かなと思います」と高津監督は唇を噛みしめた。

エースで4番を務めた大黒柱・福井真元(3年)も、智弁和歌山の執念に感服したと振り返る。
「智弁和歌山は後半に試合をひっくり返してくる怖さがあるというのはわかっていました。実際、後半からの攻めには威圧感がありましたし、執念を感じました。特に、先頭打者ですね。ほとんど先頭打者は出されました。絶対に、塁に出るんだっていう執念はすごかったです」
苛立っていたように見えた嶌の執念は、相手にとっては、相当な威圧感を与えていたのである。

嶌は笑っていった。
「なかなか、タイムリーが出ませんでしたけど、これも試練なんかなって思っていました。正直、身体はクタクタなんですけど、甲子園に行きたいって気持ちが、体を動かしたんじゃないかなと思います」

高嶋仁の執念―――、嶌直広の気迫―――。
やはり、智弁和歌山は強かった。

(文=氏原英明)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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