プロ野球現役選手によるシンポジウム「夢の向こうに」/愛媛県
プロとアマチュアの垣根、いわゆるプロアマ規定の壁を越え、プロ野球選手の持つ高い技術を高校球児に広く、正しい形で教えるべく、日本プロフェッショナル野球組織(以下、NPB)、日本プロ野球選手会(以下、NPB選手会)、日本高等学校野球連盟(以下、日本高野連)の3者が手を携えて2003年12月にスタートした『プロ野球現役選手によるシンポジウム「夢の向こうに」』。9年目を迎える今年2011年は岡山、東京、愛媛、大阪の4箇所で開催され、これで47全ての都道府県への巡回が完了することになっている。
うち愛媛県における「夢の向こうに」は12月18日(日)に松山市にある愛媛県民文化会館(ひめぎんホール)で行われ、愛媛県高校野球連盟(以下、愛媛県高野連)加盟61校のうち硬式野球部59校・軟式野球部2校の生徒(選手、マネジャー)1,219人と引率指導者(監督、部長、副部長、コーチ)121人が長丁場のシンポジウムに聴き入った。
とはいえ、こと今回にかんしては時間の経過は全く気にならなかったといってよい。なぜなら、シンポジウムの凝縮度、充実度は当初の想像をはるかに上回るものだったからだ。
第一部:バッテリー編
中日ドラゴンズ・佐藤良平球団代表
「選手たちは自分の夢をつかんだヒーローであると同時に色々な人々の夢を背負っている存在。彼らから何かを感じてもらえば幸いです」と株式会社中日ドラゴンズ・佐藤良平球団代表。
地元・済美高校時代は高校通算47本塁打・不動の4番として初出場初優勝の04年センバツで2発。同年夏の甲子園でも3発を放って初出場で準優勝の原動力となった鵜久森淳志外野手(北海道日本ハム)からも「今日は皆さんの技術向上に少しでもお役に立てれば幸いです。みんなで一緒に野球界を盛り上げていきましょう」と開催の挨拶がなされた後、いよいよ始まったシンポジウム本編。
元・阪神左腕エースの湯舟敏郎さん(大阪・興国高卒)による軽妙なコーディネートもあって、6人の選手たちは惜しげもなく次々と高校球児に自らの虎の巻を披露していく。
第1部の「バッテリー編」では、まず北海道日本ハム入団6年目・チームの次代を担う正捕手候補筆頭格の今成亮太(埼玉・浦和学院高卒)から「ワンバウンドを体で止めるときは、力を入れると弾んでしまうので、リラックスして丸く入る感じで」など、捕手の基本的動きを中心とする様々な技術的アドバイスが、壇上に上がった捕手とのコミュニケーションを通じて伝えられていくことに。1つの言葉で見違えるように技術を上げる高校生たちの姿は、まるで魔法を見ているかのようだった。
また、宮西尚生投手(兵庫・市立尼崎高卒)からは「足を上げたときに軸足の股関節に全ての体重を乗せる意識付けをすれば、バランスもよくなるし、球速も速くなります」と、関西学院大より北海道日本ハム入団後、現在まで4年連続60試合以上登板のタフネス左腕を支える野球理論が。
さらに三重・三重高卒業後、一時は野球を離れるも、一年後に不屈の闘志で名城大進学、中日入りを果たした清水昭信投手(入団5年目)からも、ゴロ捕球後、軸足を蹴りながら投球フォームに入ることで下半身の正しい形を作るという新鮮な練習方法が示される。しかも、これらの理論、練習方法はいずれも実演を交えているだけに、2人のアドバイスはより説得力をもって高校球児たちに伝わっていった。
第二部:野手編~第三部:守備編
選手代表・北海道日本ハム鵜久森淳志外野手
続く第2部「野手編」でも、そのテンションは変わらぬどころか、まずますヒートアップしていく。
今季、プロ7年目の初アーチを福岡ドームライトポール直撃で放った鵜久森外野手は、「バットの長さがあれば外角のボールも届きます。最初に体を持っていってスイングすると力が伝わらないので、バットを使って最後に体を回すイメージで」と、流し打ちの極意を高校球児に伝えた。
続いて登場した中日・中田亮二内野手(入団2年目)は、「僕は自分がステップしたラインから後ろでボールを捉えないようにしています。前なら体勢を崩されてもバットで捌くことはできるけど、後ろだと詰まってしまうので」
と、高知・明徳義塾高、亜細亜大時代から定評のある自在なバットコントロールのベースとなっているバットの動かし方を伝授。スポンジボールを実際に打ってのトスバッティングでも、2人は狙った方向通りの打球を連発していく。
そしてオーラスを飾ったのは守備編を担当した中日・谷哲也内野手(入団4年目)。「ボールへの恐怖心をなくすためには、どうしたらいいか?」という質問に対しても「イージーなゴロにするように打者が打った瞬間に足を止めずに対応することです」と、徳島・鳴門工高での猛練習と、社会人・日立製作所での4年間で鍛え上げた堅守の遊撃手ならではの明快、しかも簡潔な回答で約2時間半のシンポジウム本編を締めてくれた。
質疑応答~閉会の辞
愛媛県高校野球連盟・平岡徹会長
その後の質疑応答では技術面ばかりでなく精神面も含めた活発な意見交換が図られ、平岡徹・愛媛県高校野球連盟会長による「来年夏・甲子園大会のキャッチフレーズ「かけあがれ、夏のてっぺん」を目指して、この日の経験を日々の練習に活かし、日々奮闘してくれることを期待しています」といった閉会挨拶によって、3時間近くに及んだ「夢の向こうに」は大団円のうちに終了のときを迎えた。
直後の記者会見では口々に「普段教えることがない高校生に教えることによって、自分たちにとって勉強になった」とシンポジウムの感想を述べた6人の選手たち。
しかし、その思いは「小学校のころに憧れていた鵜久森さんに教えてもらって緊張したが、ヘッドがトップの位置で動いてしまうところは言われてはじめて気付いたことだし、ためになることが多かった」と話した今治西2年・東福拓朗くんをはじめとする選手・指導者一同にも同様に宿ったはず。
「愛媛県勢は最近甲子園で勝ちあがっていないので、今日は少しでも上にいってくれればという想いも持って皆さんを教えました」
と、ふるさと愛媛の高校球児への強い期待を述べた鵜久森外野手をはじめとするパネリストたちへの恩返しが、晴れ舞台の躍進でなされることを、今は祈りたいところである。
なお、愛媛におけるシンポジウムの模様はCS放送ではSky・A sports+で来年1月25日(水)の19時から2時間の録画放送(再放送あり)が、地上波でも来年6月にeat・愛媛朝日テレビでの放送が予定されている。
生活を賭けたNPBの場にあるからこそ、研ぎ澄まされていった心技体の数々。今回シンポジウムがなかった地域の高校球児ばかりでなく、高校野球にかかわる全ての人々には、この記事ではとても書ききれない玉手箱の中身を、ぜひ映像を通じて堪能してもらいたい。
(文=寺下友徳)