試合レポート

東京学館浦安vs安房

2011.07.25

安房のエースとして

「安房のエースとして粘り強さがなかった」
と試合後の取材でそう振り返った安房のエース・川名健太郎。5試合43イニングをすべて投げぬき、控え投手にマウンドを譲ることはなかった。
大会前から早川監督に「お前で心中するよ」と伝えられており、川名も「エースは最後まで投げぬくものなので」と自覚十分であった。
安房・川名健太郎の夏は東京学館浦安戦で終えた。

よく野球選手は体が大きいほどの有利といわれるが、大きすぎるのも不利といわれる。
理由は多々あるが、端的にいえば大きすぎると体のバランスが取れず思うような力を発揮できないということだろう。
そして大型ほどバランスが取れるのに時間がかかる。結果を求める環境ではそれを待ってくれる余裕はない。日本球界は大型投手が育ち難い環境にあるといえるだろう。

今ではプロのスカウトからも注目されるほどの好投手に成長した川名。
だがこのレベルに到達するには我々では想像できない苦労があったかもしれない。

ここまでの過程を振り返ってみたい。川名が中学3年次、安房高校は21世紀枠として選抜甲子園出場を果たした。
地元の館山第三中の川名は当然、選抜の試合を見に行った。そこで安房高の「常に全力」をモットーに感動したということ。そして地元中心のメンバーで全国の学校に勝てたということに感動した。習志野からも誘いはあったが、川名の気持ちは安房高入学に気持ちが傾いていた。
そして地元の仲間ともに再び甲子園に出場することを目標に安房高の門を叩いた。


 1年秋からベンチ入りしていた川名だったが、思うような力を発揮できずに伸び悩んでいた。
しかし転機が訪れたのは1年冬のことである。
川名は成田高校の練習に二日間参加した。そこで川名は大きなカルチャーショックを受けることになる。

自分の体よりも一回り小さい成田の投手陣が自分よりも筋力が高かったのだ。
1学年上に中川諒(JX-ENEOS)、同学年に斎藤俊介がいた。斎藤にいたっては身長が172センチ。川名よりも20センチ近く小さい選手が自分よりも筋力が高ければショックを受けるのは当然だ。
川名は成田高校で体幹トレーニング法と股関節の柔軟性を高めるトレーニング法を学び、学校に帰ってガムシャラに取り組んだ。
そして線の細さを解消するためにご飯2合を食べる特訓も2年冬から行った。トレーニングと食事のトレーニングでメキメキと土台を築いていき、70キロ台だった体重は86キロ。トレーニングの成果は高まり下半身の柔軟性は高まってきた。

更に飛躍的に伸びたきっかけは腕の振りを変えたことだ。オーバースローからスリークォーターにしていたが、冬に腰の回転を上手く使えるようにためにサイドスローの練習を行っていたのだ。
今年の春先になり若干腕の位置を上げてスリークォーターに変更したところ今までにはない切れの良いストレート・制球力を得られて手応えを掴みつつあった。

今春からスカウトに注目を集め成田戦で139キロをマーク。最速は141キロまで伸び、大会前は今大会注目投手と呼ばれるまでに成長した。
2回戦の千葉北戦、3回戦の成田国際戦では4失点と満足いく内容ではなかったが、4回戦の東京学館戦では2安打10奪三振、5回戦の八千代戦では16奪三振と眠っていたポテンシャルのすべてを引き出すかのような快投を見せてくれた。


 そして迎えた準々決勝戦。3回まで好調であった。3イニング投げて被安打2奪三振3四死球1。右スリークォーターから繰り出す135キロ前後の直球に、スライダー、カーブをテンポ良く投げ分けた投球だった。

これは投手戦になるかと思われた矢先であった。一死から5番松田に死球を与えた後からテンポを悪くし、6番藤本にレフト前ヒットを許し、一死1,2塁のピンチ。7番三浦は一塁ゴロ。ファーストは併殺を取るためにセカンドへ送球するが、逸れてしまいレフトへ転々。この間に二塁走者が生還し、1点を先制される。さらに9番加藤の際にバッテリーミスで1点、さらに1番石田にはサードの失策で1点。合計3失点を喫する。

7回には二死三塁から4番中澤にセンター前へのポテンヒット。さらに9回の表にも中澤がファーストキャンバス直撃のタイムリーヒットで1点を追加されて5失点を喫する。
いずれも打ち取った当たりで彼にとって不運の失点の仕方かもしれないが、彼は6回の表以外、三者凡退がない。毎回ランナーを背負って投げていた。

それは彼だけではなく、安房の守備陣に負担をかけていた。点差はそれほどでもないが、後手に回っている雰囲気が焦りを生み、ミスを誘発させた。川名も投球に余裕が感じられなかった。普段ならば両サイドへストレート、スライダー、カーブ、ツーシームを駆使して抑えていくが、エラーになったことで絶対に抑えなければならない力みが目立ち、いつもより粘りがなかったというより余裕が感じられなかった。

だが川名は
「自分の投球に粘りがなかった。エラーを生み出したのもリズムを悪くした自分の責任です」と守備陣をかばった。

彼に安房のエースについて聞いてみた。
安房のエースはどんな場面でも粘り強く投げて抑えるのが安房のエースだと思います。選抜に出場したエースの佐野さんはそうでした。自分はそこで粘れなかった。安房のエースとしてまだまだです」

謙遜したが、誰もそう思わないだろう。この夏、一人で最後まで投げ抜き、チームを引っ張っていった男を安房のエースではないと否定する仲間はいないだろう。間違いなく川名健太郎安房のエースとしての役割を全うしたのだ。

(文=河嶋宗一

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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