聖隷クリストファー高等学校(静岡)
一度聞いたら忘れない学校名、聖隷(せいれい)クリストファー。1966年に聖隷学園として設立され、2001年より現校名となった。周囲には関連の医療機関、福祉機関、大学などもあり、施設が充実しているのが特徴だ。部活動も盛んで、男子バレー部が全国クラス。それに続けと野球部も近年、徐々に力をつけ、甲子園まであと一歩と迫りつつある。
チームを率いるのは就任12年目を迎える鈴木洋佑監督。筑波大卒業後、すぐに監督に就任。1、2年生だけのチームからスタートし、いきなり夏の県大会でベスト16という結果を残した。もともと、学校のある浜松市は有望選手が分散する傾向があり、「1学年で2~3人は目立っていても、それ以外のほとんどが中学時代に補欠だった子たち」と鈴木監督はいう。そんな中、夏の大会に限れば、この10年間でベスト8以上4回という好成績を挙げている。特に今夏の静岡大会ではベスト4に進出。一躍、県内で注目を浴びるチームとなった。
鈴木監督が練った、今夏の秘策
▲聖隷クリストファー高校野球部 鈴木洋佑 監督
「それまで僕がうっすらと考えていたことが、ここではっきりしましたね。チーム作りにおいて、バランスの良いチームを作っても、自分たちより能力の高いチームが同じようにバランス良く作ってきたら勝てません。格上のチームに勝つには、どうするのか。卯滝先生は最初にピッチャーを中心とし、守りを鍛えるべきだと言いました。点数を与えない野球。それで終盤まで競り合っていけば、相手は絶対に焦りますよと」。
今年は守備を重視したチームを―。
帰静後、鈴木監督は自分が学んだことを選手にすべて話し、お互いに共通意識を高めた。さらに、今年は本格派右腕、鈴木翔太という存在も大きかった。しなやかな腕の振りから最速143キロを投げ込み、安定感も抜群。チームを作る上で、これほど最適な投手はいなかった。
▲聖隷クリストファー高校野球部 鈴木翔太 投手
そんな鈴木翔太に対し、大会前、鈴木監督は投球練習で過度の投げ込みをさせていない。
「体力的に不安があったり、フォームができなかったり、そういうピッチャーは別ですが、例えば、毎日100球ずつ投げ込みをさせてしまうと、100球を何となく投げるだけのピッチャーになってしまう。それよりも、投じる1球1球に、意味を持たせる方が重要だと思います」。
ときにはワンバウンドの球、ときには右打者の内角へズバッと。投げ込み自体の球数は少なくても、いつも場面場面を想定させ全力で投げさせた。
迎えた夏の大会。聖隷クリストファーは順調に駒を進め、4回戦で静岡と対峙する。鈴木翔太はこの日のために温めてきたフォークを多投。2安打8奪三振1失点で完投した。打線も、初回に1点、2回には2点を挙げる。一方で追う展開となった静岡は徐々に焦り、結局、最後まで鈴木翔太をとらえることができなかった。まさに鈴木監督の思い描いていた通りの快勝だった。
「あの試合、鈴木翔太の全部の球がマックスの状態でした。極端に言えば、1球目から、すべて一死満塁くらいの精神状態だったと思います。練習通り、集中できた結果だと思います」。
静岡を倒したことで、一気に甲子園が見えた。しかし、準決勝で常葉学園橘と対戦し、延長14回の末、0対1で敗退。鈴木翔太が最後に力尽きた。あと一歩だった。
鈴木監督は自信たっぷりに言う。「今年の夏は私にとってもチームにとっても大きなきっかけになりました」。
半年前にうっすらと見えていた甲子園。それが優勝候補を撃破し、初めて準決勝まで進んだことで、はっきりと、そして現実的なものとして、とらえつつあるようだった。
秋の敗戦、長い冬へ
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夏からのバッテリーが残り、いよいよ甲子園か。周囲の期待も高まりつつあったこの秋。秋季大会はまさかの地区予選敗退で、県大会の出場すら逃した。センバツ出場は絶望的だ。
主将であり、鈴木翔太とバッテリーを組む石塚大祐が、悔しさを噛みしめながら振り返る。「夏にベスト4までいき、それなりに出来ると思ったが甘かった。雑なミスもあったし、自分のリードもいけなかったです」。
県内のチームに鈴木翔太が打たれることはない。そう思い込み、ストレート中心の配球が裏目に出た。相手も研究し、狙い打ちをされた。
ただし、収穫もあった。打撃力に不安のあった新チームは、朝から晩までバットを振り続けた。気づいたら1日で3000スイング。手は豆だらけになったが、各選手のスイングの鋭さは増した。敗者復活2回戦で掛川西相手に7得点、敗者復活3回戦では敗れたものの6得点を奪った。その成果を手に、長い冬のトレーニング期間を迎える。
アイデアマン・佐野副部長の存在
▲聖隷クリストファー高校野球部 佐野大輔 副部長
佐野副部長はグランドの中に9か所のメニューを作った。3分間刻みで、選手たちはメニューをこなし、次のメニューに移動する。その中の一項目が下半身のトレーニング。左右にゴムを張り、そこをくぐり抜け、前からくる球を捕球してスローイングする。股関節と膝の柔軟性を鍛えるのに効果があるという。各トレーニング項目がバラエティーに富んでいる上、サーキット式なので選手たちも飽きることなく取り組める。
▲聖隷クリストファー高校野球部 大石一樹 投手
また、最近は投手のトレーニングも担当している。上記のサッカーに続き、今回、ヒントにしたのが競輪だった。
両翼95メートルの専用グランドを持つ聖隷クリストファー。マウンテンバイクを使い、その両翼間を駆け抜ける。
「遊び感覚でやりながら、往復のタイムを計ります。腰周り、太腿の前後、ふくらはぎ、部分的なトレーニングになっています。特に線の細い鈴木翔太にはうってつけです」
佐野副部長とエースの鈴木翔太。2人が目指すのは、来夏に150キロをマークすることだ。「彼の能力を持っていれば、やり方次第では可能だと思うんです」
目下の鈴木翔太の課題は、体に疲れがあった状態で、いかに自分のピッチングができるか。間隔の空いた試合では素晴らしい投球をするが、連戦になると、どうしてもスタミナ不足で球威が落ちる傾向がある。鈴木翔太本人も自覚している。
「今年の12月31日まで、走り込んで走り込んで体力をつけたい。体重も、今は68キロですが、来年の春には75キロを目指しています」。
佐野副部長が付け加える。
「2人で体重を増やしてトレーニングを頑張れば、春に絶対変わるからと言っています。来年は俺達2人で150キロを出そうなと」
それでも、鈴木翔太だけでは、連戦が続く夏の大会は勝ち抜けない。関係者がそろって「キーマン」として挙げるのが左腕の大石一樹だ。高校入学後、肩などの故障に泣き、目覚ましい活躍ができずにいる。ただ、いいときには、球質の重いストレートとブレーキのきいたカーブをリズム良く投げ込む。それだけに期待値が高い。
「この冬は、フィールディング練習、追い込んでからのコントロールを意識して、レベルアップしたい」(大石)
夏の経験、秋の悔しさと成長。1年間の大きな財産を手に、来年こそ、校名を全国に轟かす。
(文=栗山司)