Column

香川県立小豆島高等学校(香川)

2012.06.25

野球部訪問 第70回 香川県立小豆島高等学校(香川)

高校野球の常識を覆す少人数野球のメリット

春季香川県大会で初優勝を遂げた小豆島ナイン

 今春、高校野球部員の少人数校に大きな勇気を与える出来事が、日本一小さな県の香川で起こった。
 離島校の小豆島高校がわずか12人のメンバーで戦い抜き、見事に春季香川県大会で初優勝を果たしたのだ。夏、秋の県大会を通じても初の快挙となる。(参照:2012年04月02日
 「島のみんなを本気にするために、一刻も早く勝ちたかった。みんなはよく〝甲子園、甲子園〟と口にするけれど、どこかで諦めているんですよ。さまざまなハンデのある島では結局は無理だろう、と。だから島の野球を変えたかった。高校野球の常識を覆したかった」とは同校の杉吉勇輝監督(29)。そして、「少人数で野球をやるとこにハンデはなくメリットばかり」ときっぱり明言し、生徒たちが続いた。

「待ち時間がなくて効率よく練習が出来ます。移動する時のバスも広く使えますし(笑)」/土居優馬(3年)
「責任が生まれ、自己管理を徹底しますね。(自主)練習の内容はもちろんですが、ケガをしないように身体のケアを十分に行います。休んだら周りに迷惑を掛けますので」/植松弘樹(2年)
「意見が何でも言い合えるちょうどいい人数。練習もたくさんできますよ」/高木祥(2年)
「(練習試合の行き帰りに乗る)船がとてもいいミーティング環境になっています」/角井亮介(2年)
「人数が少ない方が考える力が身に付きます。考え方も柔軟になりますし。あと、軍隊のような雰囲気にもなりませんしね(笑)」/佐伯颯(2年)

「選手間で互いに弱い部分を指摘し合えます。練習を止めて気持ちを伝えたり、プレーの確認も頻繁にできます」/赤沢慎吾(3年)
「全員で野球を極めようとします」/長町泰地(3年)

 思わず膝を打つような合理的な話が次々と飛び出した。

負けて当然だった穏やかな島野球

トレーナーの指導を受ける選手たち

 瀬戸内海では淡路島に次ぐ2番目の大きさを誇る香川県の小豆島は、人口が約3万2000人。436号の国道も走り、数字だけ見れば街のスケールを感じるが、アクセスは高松からフェリーで約60分。島お決まりの「青い海・白い空」のフレーズは決して大袈裟にはならない。明治時代には、その温暖な土地柄から日本で初めてオリーブの栽培にも成功。今では島内のあちこちにオリーブの畑や街路樹が点在する。オリーブに隠れるように時折と顔を覗かせる特産品「手延べそうめん」の天日干しも、穏やかな情景を伝える象徴だ。
 島内には小豆島高校を含めて公立高校が2校あり、どちらも生徒のほぼ全員が幼なじみ。野球部員も小学校から一緒に汗を流している仲間ばかりだ。チームにもロケーションと同様に大らかな雰囲気が漂う。

 海を挟んだ約100km先には甲子園があるが、そこで行われる試合は彼らにとって、距離以上の隔たりを感じていたに違いない。
 そこへ東京六大学野球で活躍した慶應義塾大学出身の杉吉監督がやって来たのは3年前のことだった。

 大学卒業後、一度は大手企業へ就職するも「高校野球の指導者」になる夢が忘れられずに教員の道に進んだ杉吉監督。他校で副部長の経験を積んで小豆島高校へ赴任し、1年目からいきなり監督をまかされた。

 当時を振り返る。

「負けて当たり前という考えが何の不思議もなくチームにありましたね。島だから、人数が少ないからと逃げやすい言い訳と一緒に。(全体)練習も(自主練習を充実させようと)時間を短くして終わらせると、さっさと家に帰ってしまう始末(笑)。選手はラッキーぐらいにしか思っていなかった。とても稚拙で〝何のために野球をやっているの、義務?〟という感じでした」。

 監督が学生時代に追い求めたスマートな野球とはあまりにも対極的だった。

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エンジョイ・ベースボールの確立へ

練習に自主的に取り組む姿勢が強まった

 そのような状態から

「本当に甲子園へ行きたいの?」
→「行きたいのなら上手くならないと」
「じゃあ上手になるには?」
→「それなら夢中にならないと」
「じゃあ夢中になるには?」
→「それなら楽しくやらないと」

 と、至極シンプルでスムーズ考え方に立ち、掲げたのが今もチームの根幹を貫いている『エンジョイ・ベースボール』だ。楽しむことで選手が自主的に練習に取り組みチームが強くなる。

 甲子園で活躍する慶應義塾高校野球部も取り組むスローガンを採用したのは、単なる偶然ではない。何よりも指導者の夢をずっと育んできた監督自身、楽しく、気持ちよく練習したかったはずだ。

笑顔の絶えない小豆島の選手たち

 そして当然、楽しみの妨げになる要因は、グラウンドには一切、持ち込まない。例えば、選手のモチベーションを下げかねない丸刈り等の不条理な規律や厳しい上下関係、ナンセンスな時間の使い方など。小豆島高校では、スポーツマンらしい髪型であれば丸刈りでなくてもOK。
 監督は選手を親しみ深く下の名前で呼び、選手も監督に対して怯えはない。野球のことを自由に、闊達に話し合える関係を築く。また1年生が練習中は、上級生が率先して片付けやボール拾いを担当する。

 「テレビゲームをクリアしていくような感覚でチャレンジして欲しかった。選手がグラウンドへ行きたくない日をゼロにしたかった」と監督は述懐する。

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エンジョイするためのルール

次なるレベルに向けて練習を積む

 高校野球が持つ一般的なイメージを根底から覆す「エンジョイ・ベースボール」の精神だが、もちろん子どものようにただ闇雲に楽しむという浅いものではない。楽しむためのルールがある。まして9人で試合をする野球、加えて部員の少ない小豆島高校ならなおさら求められることだ。
 その一例を杉吉監督は話す。

「全体練習ではマシンを使ったバッティング練習をほとんどしません。それは全体ではなく、個人レベルを上げるものなので。時間がもったいない。うちは全体練習のスケジュールを毎月発表しますが、選手たちはそれに合わせて自主練習の計画を立て、取り組みます。

〝この時期までに、ここまでのレベルまで〟と最大目標に対して逆算させながら。その自主練習はすべて個人にまかせています。自己責任です。計画通りに進めずに各レベルに達しないと、全体練習に支障をきたし、周りに迷惑を掛けるワケです。ミスが続くと(練習を)途中で打ち切りますしね」。

 お互いに言い訳をせず、責任を取り合える関係。「エンジョイ・ベースボール」には紳士協定によって成り立つ。

東京の最新トレーニングを島で

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 5月27日。小豆島高校のグランドを訪れた。当日は練習試合はなく、東京からスポーツトレーナーの木村匡宏氏を招いての特別練習日。木村氏は応用スポーツ心理学をベースに最高のパフォーマンスを発揮させるコンサルティング会社、株式会社ティア・ウェイのスタッフで、手塚一志氏の「上達屋」にも長年籍を置いたことがあるプロのコーチだ。杉吉監督とは大学野球部の先輩後輩の関係に辺り、その縁で定期的に指導する。
 朝の9時から始まった木村氏指導のトレーニングは、「ここが本当に島なのか?」と疑わずにはいられない新鮮なものばかり。科学的な理論に沿う身体のバランスを考えた動きや、心の使い方の指導は、高校のレベルを凌駕したものだ。実践し始めると、アッと言う間に選手たちが上達。鋭い変化球を投げ、打球を確実に芯でとらえるようになった。

 監督からは「オーッ!」「オッケー!!」。驚嘆や喜びの声が何度も無邪気に上がる。その声は、時にバッティングピッチャーとしてマウンドから。時にブルペン捕手としてキャッチャーボックスから、とグラウンド内のあちこちで響き、白い歯が惜しみなくこぼれる。

 木村さんは小豆島高校野球部について。「初めて来たときは驚きでした。こんな場所で、こんな環境で野球をしていることに。ただ原石というか、動物的な感覚というか、選手たちのポテンシャルは十分に感じました。杉吉監督は大学時代から周りを巻き込み乗せていくのが上手い人でしたが、選手たちにうまく火を付けましたね。これからもチーム全体でオープンマインドの精神を貫いていって欲しい」。

 夏の香川大会開幕まであとわずか。覆した島野球で、いよいよ甲子園の常識に挑む。

(文=和田雅幸

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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