龍谷大平安vs立命館宇治
新たな平安 戦国京都を制す
3番・久保田が大ぶりの空振りをしたその瞬間、指揮官が笑った。
ホームランを狙ったかのようなスイングを見て、原田英彦監督が笑みを見せたのだ。
「僕自身がハラハラドキドキするような、計算外のことが起きるチームでした。バントミスはあるし、サインミスもあるし、エラーもある。指示とか徹底して出さないとできないチームで、僕もベンチで、よく声を出しました」
龍谷大平安が2年ぶりの頂点に立った。
スタンドを埋め尽くした平安ファンはいつもの伝統と力を感じたろうが、決勝の舞台にいたのはいつもとはちょっと違った平安の姿だった。
まず、違ったのは冒頭にあるような指揮官と選手の関係。もちろん、厳しく怒る時もあるが、今はそればかりではない。原田監督は言う
「今は、選手と食事に行きますし、僕の息子より下の子たちだから、子供ですよ。選手と飯を食いに行くなんて、今まではなかったこと。丸くなったんでしょうかね」
3年生のケツを叩く2年生の姿も、以前までは見られない光景だった。「ちょっと調子に乗り過ぎる時もあるんですけど、3年生に結構いいますね。リードに関しても遠慮とかないですから」。2年生で4番を張る高橋大樹である。「今年のチームは2年生の力がないと勝てないということも3年生が分かっていたんでしょうし、いい雰囲気でやっていました。頼もしいチームです」と原田監督は嬉しそうに言う。
何より頼もしかったのは攻撃面。守備や攻撃でのサインミスを帳消しするほど打った。
「このチームでは守備でリズムを作ろうと言ったことがない」と原田監督。
守備が伝統の平安らしくないチームカラーだが、その分の、余りある攻撃的野球はこのチームの魅力である。戸嶋、松下の、1、2番でゲームを作り、3番・久保田、4番高橋の2年生コンビが豪快に振り抜く。
決勝は立命館宇治が誇る二枚看板、福本・川部の両左腕から15安打9得点を挙げた。
「とにかくこのチームは振りました。守備だけでなく、荒さが目立つチームでしたけど、それを補う打力がありました」と原田監督は胸を張る。
とはいえ、ただただ、上下関係が緩く、守備を疎かにしているわけではない。今も、原田監督の厳しい指導はあるし、試合の中でも、高いレベルの平安らしさは見せている。
例えば、この日の試合では、遊撃手の松下や中堅手の井沢ら、打者や配球によって大きくポジションを変えるシフトを敷いていた。これがピタリとはまったのだ。主将の小嶋は言う。
「データを控えの選手たちがとってくれて、そのとおりに、動いてやろうと決めていました。昨日の試合で、福知山成美戦で、ライン際を守っていたら、そこに、ボールがきました。メンバーと控え選手の信頼関係も、このチームの強さです」。
3回裏、先頭打者の1番・土肥のレフト前に抜けようかというあたりを、松下が三遊間を詰めて、1安打を阻止した。まだ、同点の時の先頭打者だっただけに、隠れた好プレーだった。
もともと根付く平安らしさと今年のチームの平安らしさ。二つが融合し、新たな平安は“戦国京都”を抜け出したのである。
「手前みそですが、平安が強くないと京都のレベルは上がらないと思っています。甲子園では勝たなアカンという使命を持って戦いたいですね」。
龍谷大平安が、近畿一番乗りで甲子園での飛躍を誓った。
(文=氏原英明)