日大桜丘vs都立葛飾商
武藤(日大桜丘)
“無名”となった元全国王者、したたかにコールド勝ち
東東京大会に参加しているノーシード校138のうちのひとつ、日大桜丘。現在、全国的な知名度は高くないかもしれないが、190cm超の大型投手・仲根正広(元近鉄)を擁して1972年のセンバツで初出場初優勝を果たした「元全国王者」だ。
しかし、同年夏に東京都予選を突破したのを最後に全国大会出場は一度もなし。72年センバツ決勝で日本一を争った日大三や日大二、日大鶴ヶ丘、日大豊山といった日本大学付属の兄弟校が次々と甲子園の土を踏む中、かつての輝きを取り戻せないチームは近年、秋の東京都大会へ進出することさえ、困難な状況となっていた。
「選手たちは(他の日大系高校に対して)劣等感があると思うし、レベルの差を感じていると思う」。
28歳の佐伯雄一監督もこの現状を認める。元日本一校とはいえ、野球部への推薦合格枠もない“ふつうの”高校生が集まったチーム。自分たちが東京のトップレベルにあるとは考えていないし、帝京などの“ビッグネーム”はライバルというよりも圧倒的に巨大な存在だ。
近年はほとんどのノーシード校同様、新聞、野球誌の優勝予想に名を連ねることもない評価と立場。日大桜丘の東京都内での評価は、古豪というよりも、言葉は悪いが“一発屋”に近いものだろう。
ただ、テレビドラマ、映画で大ヒットした『ROOKIES (ルーキーズ)』で主演した俳優・佐藤隆太の母校ということで再び脚光を浴びたチームは昨秋、28年ぶりに東京都大会へ進出。右スリークォーターから投じるスローカーブとMAX125kmのストレートで打者を惑わす武藤史明と、MAX138kmの直球が武器の畑井湧輝を軸とした投手陣、そして1番石黒達也らの足を絡めた攻撃で少ない好機をものにする今年のチームは、“偉大な”OBからも期待される年代となっているようだ。
都立葛飾商との緒戦。先発した武藤はボールから右打者の内角に沈むカーブが特に有効で、4回まで1安打に封じ込む。また打線は初回裏に主将の3番此島圭祐が中越えの適時二塁打を放つなど、159cmで5番を背負う都立葛飾商の小さな右腕、坂田友宏から幸先良く3点を先取した。だが、武藤は高めに浮いたボールを徐々に痛打され始めると6回に失点し2点差。7回には先頭の5番小野木貴則に右翼線に落ちる二塁打を放たれた後、暴投とバッテリーの判断ミスによる内野安打で無死1、3塁。代打曽山大樹の二ゴロの間に1点差まで詰め寄られてしまった。
それでも「ミスは必ず起きる。その後すぐに流れを切ればいい」(此島主将)と日大桜丘は慌てない。直後の7回裏、先頭の武藤が相手の二失で出塁すると、9番武井博紀が絶妙なセーフティバントを3塁前に転がし、無死1、2塁。石黒の打席でリードの大きくなった武藤が捕手からのけん制でつり出されるが、「出てしまった時は『GO』」(佐伯監督)と迷わず先を狙った武藤が3塁を陥れて、武井とのダブルスチール成功。結果的にはこの走塁が勝敗の明暗を分けた。石黒はタイミングを崩されながらもしぶとく1、2塁間を破り、逆にリードを3点へと広げたのだ。
「試合を通して(ミスの後の)切り替えがよくできた」と此山主将と評し、指揮官も「ウチらしい野球をやってくれた」と納得した、相手のミスに乗じてその傷口を広げ、大量得点を狙う日大桜丘の思い通りの展開。8回に迎えた1死2、3塁のピンチを「接戦の方が緊張感もあって楽しい」と微笑む武藤が力の投球で4番伊藤力輝を一飛に封じるなど無失点で切り抜けると、その裏には7番前田昇吾の右中間三塁打を皮切りに武井の2打席連続のバント安打など死球を挟んで長短4連打。最後は1死満塁から此島主将がライトオーバーの二塁打を放ち、9-2で8回コールド勝ちを収めた。追撃されながらも相手のミスを見逃さずに突き放して快勝。“伝統校らしい”したたかな内容の勝利だった。
元全国王者は普段、学校の練習場はテニスコート3面だけ、内野のスペースがあるかどうかという不自由な環境で練習に励んでいる。ノックは遠征で練習試合にいく土日を除くと満足にできない状況。それでも、持っているプライドは今も昔も変わらない。此島主将は「練習後、チームが解散する場所にセンバツの優勝旗があるんですよ。たまたま学校から指定されている場所なんですけど。だから毎日、OBの方たちがつくってくれた伝統は意識している」と説明する。
伝統に恥じない試合しなければならないという意識がある。「環境に恵まれたチームには負けたくない」という反骨心もある。昨年は17-7で大勝した都立田園調布戦に佐藤隆太が訪れて話題となった。夢へ向かって絶対にあきらめない、という姿勢を描いたROOKIES、それを先輩が演じたという影響は強い。「(以前に比べて)どんな時も負けない、あきらめないという姿勢は間違いなく出ている」と此山主将は好影響について語るが、今年(3回戦の対戦相手は都立農産vs京北の勝者)は先輩の名前ではなく、実力で話題となることを日大桜丘ナインは狙っている。
(文=吉田 太郎)