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走るのが嫌いだった宮城大弥が歩んだ高校時代の「逆境人生」

2021.09.07

走るのが嫌いだった宮城大弥が歩んだ高校時代の「逆境人生」 | 高校野球ドットコム
高校時代の宮城 大弥(興南)

 左腕の夏は、[stadium]沖縄セルラースタジアム[/stadium]で終わった。2019年7月21日。真夏の太陽が容赦なく照りつける沖縄では、夏の甲子園を決める決勝戦が行われていた。優勝候補筆頭で3連覇を狙う興南沖縄尚学。激戦は延長戦にもつれ込み、13回の末に、沖縄尚学が優勝した。一塁側ベンチで3年夏を終えた興南の絶対的左腕エースは、涙をこらえながらプロでの「雪辱」を誓っていた。

 宮城 大弥。中学時代はジャパンにも選ばれ、1年春から名門興南でベンチ入りした。夏から登板し、3年夏まで興南を引っ張った。繰り出される剛速球の評判は沖縄を飛び出し、九州、日本全国へと広まった。そして、ドラフト1位でオリックスに入団。今や、パ・リーグの最多勝、防御率でタイトル争いを繰り広げチームの優勝への道をけん引している。173センチの恵まれた体格ではないものの、そのタフな体力と強心臓ぶりは高校時代に培われたものだった。

 高校球児時代は「逆境人生」というにふさわしい。

 時計の針を4年前に戻そう。2017年夏、1年生だった宮城が強烈な「デビュー」を果たす。ベンチ入りしていた左腕は準決勝まで救援で登板したが、甲子園がかかる決勝で「高校公式戦初先発初完投勝利」をやってのける。「強心臓左腕」として一気に注目選手となった。しかし、甲子園では1回戦で今夏優勝した智辯和歌山に6対9で敗戦。8番投手で先発。3回まで無失点も4回に2失点、5回は先頭から3連打を許し降板した。のちに広島からドラフト3位指名される林 晃汰には、それまで三振、投手併殺に打ち取るも、3打席目に2ランを浴びた。

 華々しい沖縄での「デビュー」も甲子園という全国の舞台で鼻をへし折られた。秋季大会も沖縄2位で九州大会に出場も2回戦で東筑に1対4。センバツには届かなかった。2年春は九州大会にも出場できなかった。しかし宮城はこの「逆境」から、直球を磨き、さらにハートを強くする。

 2年夏は甲子園出場を決めた。屈辱を味わった聖地に戻った左腕は借りを倍にして返す。1回戦の土浦日大戦。5番左翼でスタメンした宮城は、8回無死満塁と大ピンチでマウンドに上ると、三振と投手併殺で仕留め、わずか9球でピンチを脱出した。

 チームの初戦突破に大きく貢献した。しかし2回戦で0対7と木更津総合の前に敗退する。宮城は5番左翼でスタメンし、5回途中から2番手で登板。8回途中で左翼へ回り、9回二死二塁から再びマウンドに上るも力は発揮できなかった。再び「逆境」からの再起を図ることになる。


 2年秋。センバツ出場を狙った九州大会で初戦勝利も勝てばセンバツが確実となる準々決勝で、優勝した筑陽学園に0対1で負けた。「自分だけで野球をしていた」。剛球だけに頼る投球をやめ、スライダーに磨きをかけて挑んだ3年春の九州大会で「進化」を見せた。初戦で神村学園の勝利すると、準々決勝であの筑陽学園に勝利しリベンジ。リリーフ登板で6回無死三塁のピンチに三振、三振、左飛。結局4イニングで無安打8三振を奪う快投ぶりだった。

 当時のスコアブックを見ると、8三振のうち、5三振がスライダー、チェンジアップの変化球で奪ったものだった。その後、大分も破って決勝へ。西日本短大附に敗れたが、9回14奪三振の完投で、ネット裏のスカウトをうならせた。

 「今年の高校生左腕ではNO・1」(ロッテ永野プロ・アマスカウト部部長)
 「スライダーは切れてる。左腕としてはトップクラス」(巨人武田スカウト)

 さぞかし「下半身の強化」「筋肉の強化」の結果だろうと、この時、本人に質問すると、意外な言葉が返ってきた。

 「僕は走るのが嫌いなんです。ウエートトレーニングとか、きついのは好きじゃありません」

 そうはにかむ笑顔は今でも覚えている。「とにかくブルペンで投げ込みました。みんなが走るメニューをしていても、自分はまだブルペンで投げたいといって、逃げてました」。走りたくないからブルペンで投げ込みをした結果、球が速くなり、変化球にもキレとコントロールがついたと主張したのだ。この時、直球は149キロをマークしていた。自己最速だった。

 「ジャパンの合宿でもみんなが走っていても黙々とブルペンで投げていました」。ランニングメニューが終わるまで投げ続けたという。興南の練習でも「1回のブルペンで300球投げたことはあります」。走ることから「逃げた」結果、投げ込みするしか?なく、スタミナがついたとでも言いたそうだった。

 そして冒頭の3年夏。沖縄大会の決勝。沖縄尚学との延長13回の激闘の末に押し出し四球での決勝点を許して敗退した。3時間49分。前日の準決勝で136球を投げたが、決勝で229球投げた。タフネス左腕も限界を超えていた。

 父が交通事故で左腕が不自由になったこともあり、決して楽な生活ではなかった。小さいころから「逆境」を乗り越えてきた。オリックスにドラフト1位で指名された時は、「両親に感謝します」と、両親の頬を湿らせた。幾度となく「逆境」をはねのけ、左腕を振り続けることで、自分を奮い立たせた。今や、その「左腕」は家族みんなの宝物になった。

 今年、オリックスのユニフォームを着て、「逆境」から這い上がろうとしている。プロのマウンドでも振り続ける左腕は、自分の飛躍だけでなく、1996年以来、25年ぶりとなるチームのリーグ優勝ももたらすと信じている。

(記事:浦田由紀夫

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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