第17回 映画監督 森 義隆さん2008年07月16日

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なぜ高校野球の映画を??

〜きっかけは偶然〜

自分が高校野球をやっていたので高校野球映画を撮ったという事ではないです。たまたま一つの出会いであったり、原作との出会いであったり、ホント自分が高校野球の映画を取るなんて予想していなかったですね。しかも自分が初めて撮る長編映画がそういうテーマになる事は全く考えていなかったです。

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自身の高校時代は??

〜苦しんだ三年間〜

僕の三年間は本当にイップスと戦った三年間でしたね。練習中は普通に投げれるのですが、試合になると必ず大暴投。最初はセカンド。次にサードで最後はセンターにコンバートです。遠くに思いっきり投げるのはできるのですが、バックセカンドとかは(縮こまって)投げられなかったです。

イップスを治すために色々としました。手が冷たいのでは??と思い、手にホッカイロをまいたり、血が回ってないのでは??とか、取ってから投げるまでに声をあげたらどうか??とかいろんなアプローチをしました。他人から見たらコメディだけど自分としては一生懸命。

これを克服しないと試合に出れない。チーム競技なのでチームにも迷惑かけてしまう。自分が負けるだけじゃないんですよね。ホントにがんじがらめの状態で、あらゆる努力をしました。

自分は一つの事を一生懸命やる事を大事にしていて、やる時はやる。その真面目さが仇となり、空回りした三年間でした。そんな高校時代だったので、野球とは二度と関わる事はないなと思っていましたね。

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映画「ひゃくはち」に対する想い

映画「ひゃくはち」

映画「ひゃくはち

〜1.本当のリアルな青春を伝えたい〜

(僕は)そんな高校球児だったから、努力すれば克服できる!…はずが克服できなくて。だから映画を作るにあたり、「球児達の等身大の思い」を表現したかったです。

レギュラーになれない人はどんなに頑張ってもレギュラーになれないじゃないですか? (映画の中で)補欠といわれる、彼らが、後輩が怪我をした時に大喜びしたり、というシーンとか、分かりますよね。試合に出たいから。ただ、それは高校野球に限られた事ではなく、どんな世界でもそう。上手くバランスをとってやっているだけですよね。

でも、高校生って全部バーッ!と、出たりするじゃないですか。そして、それが青春の魅力だったりする。そういった整理がつかないまま一生懸命になれる。補欠だろうがレギュラーであろうが、馬鹿みたいな真剣さ、理由なしの真剣さ、それが球児達(10代)の魅力だと思うし、それを表現したいと思いました。

後はやっぱり(マスメディアは)うわべだけで清く美しくというメ描き方をしますよね。もちろん、その真剣な汗は美しいです。ところがいざ、そこにいる人間はライバルに対して、死んでしまえっとか思ったり、監督に毒を盛ってやりたかったり、高校生なので女の子といちゃいちゃしたいし。いろんな事を考えている。きつい練習をどうサボりながら上手くなるのかをみんな真剣に考えていると思うんですよ。そういう事をマスメディアは表現できない。

映画「ひゃくはち」

映画「ひゃくはち

高校野球というテーマを使い「青春」(補欠瑣末な葛藤とか高校生ならではの煩悩とかそういったものといったもの)のテーマにアプローチしたかったです。そして、それを表現するには高校野球という題材はよりそれが際立つものだとは思いました。

最近だとハンカチ王子といったところが分かりやすい例ですよね。彼が、優勝直後のインタビューで「支えてくれた補欠部員への感謝」を述べた時、ワイドショーとかは、(そこには触れず)好青年、イケ面、今の時代にいないピュアな少年、みたいな方向に話を展開させていった。

でも斉藤祐樹投手は1年生の時から投げていて、彼が投げることによってグランドに立てなかった上級生、同級生って一杯いると思うんですよ。斉藤選手は彼らの存在を知っていたんですよね。

それを背負ってマウンドに立っていたので、そういう言葉が自然と出てきたんだと思います。高校野球をやっていた人間なら分かりますよ。そういうセリフなんだなって。それが分かる立場だからこそ、一般の人には伝わりにくい、そういった高校野球の見えない部分をしっかり見せたいとも思いました。

〜2.役者から球児になるため、技術面もしっかり〜

技術シーンも高校野球をやっていた人間としてこだわりました。今までのテレビドラマの野球のシーンってどこかおかしくないですか。例えばピッチャーのモーションが急にスローになったりとか、そんなのおかしいですよね。野球経験者としても、演出家としても、そこは徹底的にリアルにやろうと思いました。

ただ、役者はド素人です。オーディションの時に野球を取るか、パーソナリティを取るかを考え彼らのパーソナリティを取ろうと思いました。また彼らが野球を全くできないという事は彼ら自身が最も頑張らなくてはいけないという状況も生みます。それをうまく演出にも利用できるのではないかと思い、そこは(技術)時間をかけるしかないと思いましたね。幸い二人の良いコーチに恵まれましたしね。

一人は基礎を教えるのは吉澤雅之さん。(吉沢先生の教室がある栃木まで)1ヶ月通わせました。そこで野球の動作を学び、その後チームを40人規模にしました。チームの中には甲子園出場者も2人いたし、中には関西六大学の首位打者をとった人間もいた。だから京浜高校野球部ってむちゃくちゃ強いですよ。(笑)で、役者4人も上手い奴らの中に入れられると、やっぱり動きって分るんですね。周りの連中がなんでこうするのかとかも、教えてやって、だんだん球児になっていった。

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プロフィール

森 義隆さん
森 義隆さん
  • 生年月日:1979年2月15日
  • 出身地:埼玉県
  • 出身高校:川越高校
  • ポジション:1番センター
  • 1999年 映画「畳の桃源郷」水戸短編映像祭審査員奨励賞ほか
    2000年 映画「カル」 PJ映像祭グランプリほか
    2001年テレビマンユニオンに参加
    「ガイアの夜明け」「わたしが子どもだったころ」他、ドキュメンタリー番組を中心に演出。
    2007年 映画「ひゃくはち」は長編第一作となる。
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