目次

[1]仲間たちに支えられた最後の1年
[2]激しい競争を勝ち抜く

 部員190人を抱えるマンモス大学として知られる日本大学。過去には全日本大学選手権で優勝2回、準優勝5回と輝かしい実績を持つ。さらに真中 満氏や村田 修一氏、現役には長野 久義に京田 陽太など数多くのプロ野球選手を輩出している。

 今年は春季リーグ戦で2部優勝、入れ替え戦も勝利して秋より東都大学野球の1部リーグに復帰する。伝統校の復活の兆しを見せている最中だが、そこに一躍買っているのが、2021年より監督に就任した片岡 昭吾氏だ。

 2年後の2023年に迎える創部100年も見据えて、コーチ陣も一新するなど現状の打破に加え、新時代を築こうとしている。その新時代の中心となり得る未来の担い手が今年も日本大学の門を叩いてきた。

 その中の1人・関本 勇輔の野球人生の始まりから履正社での2年間を前回は振り返った。今回は主将として牽引した高校野球最後の1年間、そして現在にスポットを当てていきたい。


前編はこちらから!
父は元阪神。補欠も覚悟した履正社出身の大型捕手・関本勇輔【前編】

仲間たちに支えられた最後の1年


 先輩から引き継いだ自分たちの代では、主将という重責を任されるようになる。プレッシャーを感じることは多々あったが、「全員が意識を高くもって、真摯に野球と向き合ってくれたおかげでチームになれました」とチームメイトの協力あって、まとまることが出来たと振り返る。

 そんなチームメイトの存在が関本を支えた瞬間があった。それは練習自粛となった2020年のオフシーズンから春先のことだった。

 秋は近畿大会ベスト4まで勝ち進み、選抜出場を決めた履正社。だが緊急事態宣言の影響で全体練習は禁止となる時期があった。この期間は関本の野球への情熱を冷ますことになってしまった。
 「当たり前のようにできていた練習ができなくなって、少しずつ熱量が下がって、野球への思い入れが薄まってしまったんです。自分のなかでは『これじゃいけない』とわかっていたんですが、野球から気持ちが離れてしまって『このまま終わってしまうんじゃないかな』と思ってしまったんです」

 ベンチ入り、レギュラー獲得ができない苦しさを乗り越えた関本であっても、新型コロナウイルスによる空白の数ヶ月は多大な影響を与えていた。そんな関本を救ったのがチームメイトだったのだ。

 「練習が出来るようになることが決まって、モチベーションは戻ってきていたんですけど、実際にグラウンドで野球を楽しむ仲間の姿に凄くびっくりしたんです。それを見て思ったんです。『何やってんだろう。今の気持ちのままじゃあ皆に迷惑をかけるな』って。そこから気持ちを奮い立たせて、また情熱を注ぐことが出来ました」

 高校野球最後の試合は星稜との甲子園交流試合。4番・キャッチャーで出場した関本は、5打数2安打1打点。守備では盗塁を3つ刺すなど、攻守で存在感を見せて勝利に貢献した。この結果には「勝てて良かったですけど、1試合だけでも甲子園で出来ることに嬉しさと寂しさがありました」と最後の公式戦を振り返った。

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