目次

[1]プレッシャーはあったが、1年4番は良い経験に
[2]門馬監督への感謝の思い


 この夏限りで退任した名将・門馬敬治監督(東海大相模)。その門馬監督に「感謝の言葉しかない」と話す若きスラッガーがいる。それが中央大の森下 翔太だ。

 東海大相模時代、1年夏から4番を任され、高校通算57本塁打をマークし、プロからも注目を浴びていたスラッガーだ。中央大進学後は東都一部通算5本塁打。大学1年生で侍ジャパン入りと、高い能力を発揮している。そんな森下が語る門馬監督への思いとは。

プレッシャーはあったが、1年4番は良い経験に


 横浜市出身の森下は中学時代、強豪・戸塚シニアでプレー。高校野球で活躍するために、早めに硬式に触れておきたい思いがあった。当時の戸塚シニアには1学年上に福永 奨横浜-國學院大)、同期には、横浜で活躍した斎藤 大輝がいた。

 最終学年では1番斉藤、3番森下という打順で活躍を見せた。その中で熱心の誘いがあった東海大相模でプレーすることを決断する。

 東海大相模の練習に加わって、すぐにレベルの高さを実感した。
 「パッと見た時、気迫というか、野球に対する熱が伝わって、全国レベルの野球、日本一を目指す野球はこうなんだなと思いました」

 最初は自宅から通っていたが、1ヶ月して寮に入った。先輩たちは優しく、特に1学年上の先輩たちと仲良くなり、チームに溶け込むことができた。

 また1年生の時から練習試合で起用されることも多く、初本塁打を放ったのは大会直前の練習試合だ。
 「八王子高校のグラウンドで三つ巴(変則ダブルヘッダー)だと思ったのですが、その試合でライト方向へ本塁打を放ったんですが、それが自分にとって高校初ホームランとなりました」

 結果を残す1年生に門馬監督はある決断をする。2016年夏、初戦のアレセイア戦で4番センターでスタメン出場を果たす。さらに3打数1安打1打点と上々のデビューを飾った。
 この抜擢について、森下は驚きを隠せなかった。

 「1年生なので、勢いでやっていたところはあったのですが、4番というプレッシャーがあったんです。自分の中でもつらくなってきて、結果的には最終戦は4番で出られなかったんですけど、良い経験だったなと思います」

 1年生からの登用は学年を上がるにつれて実を結ぶ。レベルの高い投手陣との対戦を経て、「無駄な動きを省く」ことを重視した結果、本塁打を次々と量産するようになった。

 2年秋の大会では打率.512、5本塁打、23打点とハイパフォーマンスを見せ、世代注目の強打者として注目を浴びるようになる。

 3年春ではセンバツベスト4入り。甲子園出場の喜びを次のように振り返る。
 「甲子園にずっと出ていたい、日本一になりたい思いがあったので嬉しかったですね。小さい時からみていた甲子園だったので、打席に立った時は考えられないですけど、すごい体験ができたんだなと思いました」

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