目次

[1]高校時代の熱が失われていた
[2]なぜ峯本はJFE東日本に採用されたのか?
[3]JFE東日本に入って高校時代の熱い気持ちを思い出した

なぜ峯本はJFE東日本に採用されたのか?



JFE東日本・峯本匠(大阪桐蔭出身)

 ただ気になるのは、なぜJFE東日本は峯本を採用したのか。例年、JFE東日本の新人選手はアマチュアでトップレベルの実績、技量を誇る選手が入部する。峯本は成績を見る限り、同世代の中でも突出した実績を残したわけではない。それでも峯本のポテンシャルを高く評価して採用を決めたのが、落合 成紀監督だった。
 「野球の技術、野球センスの高さ、ポテンシャルの高さは別格の部分がありました。昨年はベストナインを獲得するほどの活躍を見せましたが、もともとそれぐらいできるほどのものがあると評価をしていました。
 当時は試合にあまり出ていない選手でしたので、リスクを犯したじゃないかという見方もありますが、実力を評価してのことですので、峯本の採用については一切の迷いがなかったですね」

 高評価しているのは落合監督だけではない。同じくドラフト候補と注目されている今川 優馬東海大四出身)も「あいつは野球の天才です」と絶賛する。野球人ならばだれもが惹かれるような才能を持っていたのだ。

 峯本の採用については立教大も驚きで、最終学年ではベンチにすら入ることが難しい立場と伝えられていた。事実、峯本の最終学年は春秋合わせて5試合しか出場をしていない。そして9打数1安打だった。成績だけ見れば、立教大の反応は当然だ。しかし落合監督の思いは変わらなかった。
 「もう何度も『(内定で)いいんですか?』といわれましたね。最終的には本人との話し合いをして、本人の気持ちを見て採用を決めました」

 そして本人の面談でこう話をした。
 「まず本人に伝えたのは、もう高校の貯金はないぞ。でも峯本の復活を待ち望んでいる人もいるだろうし、俺もその1人だよと。だから『峯本はもう終わった』という人を社会人に入って見返そうぜと話をしました」

 峯本の復活には、どう気持ちを奮い立たせ、ハツラツと野球に取り組ませるかが鍵だと考えていた。

 そこで落合監督は大阪桐蔭・西谷浩一監督に連絡した。これができたのはともに報徳学園OBで、西谷監督は落合監督の高校の先輩だったからだ。
 「峯本の接し方、指導の仕方について聞いていきました。話をして、峯本と接していくうちに、西谷監督の言う通りだなと。やはり3年間指導していたいだていることもあって、峯本のことをよく分かっていてさすが西谷監督だなと思いました」

 峯本の性格について素直で真っ直ぐな性格を持った選手だと語る。
 「見た目からして、やんちゃそうな印象を受けますが、すごく素直な選手なんです。だから真正面からぶつかっていけば、しっかりと受け入れてくれる。逆にまわりくどくやってしまうと、敵対心を持ってしまう。そういうことに気をつけながら接してきました」

 こうしてみると、落合監督をはじめとした首脳陣は選手の個性、性格に合わせて指導をしていることが分かる。峯本は落合監督に感謝の思いを寄せていた。
 「まず落合さんがいなければ、こうした真剣勝負をする野球を続けることはできなかったですし、本当に恩人です」