目次

[1]打撃が求められているからこそチームで一番打撃練習を行った
[2]渡部の打撃を支える独自の打撃理論


 2011年ドラフト1位・高橋 周平(中日)、2013年ドラフト1位の渡邉 諒(北海道日本ハム)を筆頭に、野手の逸材を次々と輩出する東海大甲府

 今年、プロ志望届けを提出したのが、渡部 海夢だ。178センチ84キロと、筋力トレーニングを徹底する東海大甲府の環境で揉まれたその肉体は引き締まりながら、強靭なパワーを生み出している。高校通算21本塁打だが、その1本は山梨独自大会で優勝を決定づける場外本塁打だ。その飛距離について村中秀人監督は高橋 周平(中日)と引き合いに出しながらこう比較する。
 「周平より飛距離はあるなと思うときはありますし、ひと目で大きい体をしているわけではないのに、これほど飛ばすというのは、それは本人の持って生まれたものだけではなく、努力して出来上がったものだと思います」

 村中監督が語った努力。これこそ現在の渡部の長打力を築き上げた。打撃理論を語らせれば、実に具体的。村中監督は思考力の高い渡部に、後輩へのアドバイスもお願いし、後輩の打撃力向上に一役買っている。今やプロ注目選手となった渡部の歩みを振り返る。

打撃が求められているからこそチームで一番打撃練習を行った


 根っからの野球小僧だ。
 野球人生は5歳からはじまった。草野球を行っていた父親の影響で野球を始め、小学校2年生のときに、宝塚リトルに入団。ここから硬式野球を始めている。

 リトルの最上級生のときには選抜チームに選ばれるなど、早くも実力の高さを発揮していた。大阪福島シニアはチームに誘われる形で入団。渡部自身、入団当時についてあまり覚えておらず、「気づいたら誘われる形で入っていました」と振り返る。

 大阪福島シニアの2学年上といえば、増田 陸明秀日立ー巨人)、野村 大樹早稲田実業-福岡ソフトバンク)、中川 卓也大阪桐蔭-早稲田大)のスラッガーがいたが、この3人とは面識がない。というのは渡部が宝塚リトルの活動を終えた時、当時の3年生はシニアの活動を終えており、入れ違いという形で入部したのだった。

 そんな渡部は最終学年で主力打者へ成長。中学3年夏には浅野 駿大阪桐蔭)、清水将仁(早稲田実業)など強豪校に進む選手たちとともにジャイアンツカップに出場し、ヤング神戸須磨クラブ戦(市川国府台球場)で本塁打を放った。この試合を見ていたのが、和泉淳一部長だった。
 「和泉先生から声をかけられ、自分は県外問わず強豪校に行きたいと思っていたので、強豪・東海大甲府に誘いを受けて迷わず進学を決めました」

 こうして東海大甲府への進学が決まった渡部。自慢の打撃で1年秋に6番ライトの座を獲得し、スタメン出場を果たした。さらなるステップアップへ。レギュラーを獲得した渡部が自身に課していたのが、1日1000スイングを行うことだった。なぜ1000スイングすることを決めたのか。
 「自分はプロに行きたい気持ちがあったんですけど、それよりも自分がチームに求められていることは打撃でしたので、結果を残せないと生き残れない立場。打撃練習に関してはチームで一番練習を行いました」

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