目次

[1]ケガを乗り越え飛躍の2年春に
[2]思い切り振る それが僕の信条

 2018年度の埼玉は野村 佑希花咲徳栄)、蛭間 拓哉浦和学院)の両スラッガーが盛り上げたが、来年、埼玉を熱くするであろうスラッガーがいる。その名が和田 康平。熊谷リトルシニアから埼玉栄に進み、2年春の県大会でバックスクリーン弾を放つなど、鮮烈デビュー。秋季大会終了時点で高校通算5本塁打なものの、さらなる爆発に期待がかかる和田のこれまでを追った。

ケガを乗り越え飛躍の2年春に


 群馬県出身の和田が野球を始めたのは、小学校1年生から。軟式・大泉イーグルスでプレーすると、中学は群馬を出て熊谷リトルシニアに入団する。

 もともと群馬の硬式チームが候補だったが、親に熊谷リトルシニアを進められる。

 「体験会に行ってみたら、人数も多くて、全国大会にいける雰囲気もありました。大泉から熊谷は一応、通える距離にあったので、選びました」

 熊谷リトルシニアでは投手としてプレー。投手としては速球派、打っても4番打者としてチームの中心選手として活躍。

 中学3年時に肩を痛めていた影響もあり、埼玉栄に入学後の7月に手術。1年目はリハビリ中心の生活だった。ここで投手をあきらめ、野手に専念することにした。また、和田は入部当時体重が100キロ超えており、指導者から減量を進められていた。大好きだったお菓子と炭酸飲料を断ち、炭水化物、野菜中心の生活で20キロ減量し、80キロに。その後は筋トレに励み、88キロに増量した。

 試合に出場できるようになったのは2年春から。自慢の打力を生かし、レギュラーを獲得。見せ場となったのは、県大会・熊谷工戦。先発の小池颯太が投じたボールを逃さず、バックスクリーンに飛び込む本塁打を放った。打った瞬間、本塁打と確信できる当たりだったと振り返る。

 「打ったのは外側のボールです。とにかく春は打てる気しかしなかった」と好調ぶりを振り返る。しかし夏の大会では調子を落とし、4回戦敗退。悔しい夏となった。