目次

[1]中学時代の四股踏みトレーニングで才能開花
[2]地元で甲子園優勝したい思いが強かった

 今からちょうど2年前。ある男の進路に、新潟県の、いや全国の高校野球関係者が注目した。鈴木 裕太、中学3年生。新潟シニアで名を馳せた県内屈指の本格右腕。140km/hを超えるその伸びやかなストレートに多くの関係者が魅せられ、全国の名だたる強豪校から声が掛かった。そんな鈴木が選んだ進路は、日本文理。地元・新潟から、甲子園優勝をもくろむ超高校級右腕が描いた、これまでの“成長曲線”と、これから描く全国制覇への”ロードマップ”とは?

中学時代の四股踏みトレーニングで才能開花


鈴木裕太投手(日本文理)

「口数の少ない男だから、うまく聞き出してよ」
取材前、鈴木崇監督の記者への言葉に、近くにいた鈴木裕太は少し困ったような照れ笑いを浮かべた。

「よろしくお願いします」
室内練習場の一角で暖を取りながら、話を進める。監督の言うとおり、饒舌(じょうぜつ)ではない。だが、投げ掛ける質問に真摯(しんし)に向き合い、ぼくとつながら丁寧に、ひとつひとつ、強い意志を込めて言葉を紡いでくれる姿が非常に印象的だった。
今回、約1時間にわたって、これまでの野球人生、そしてこれからについてたっぷり語ってくれた。

「4歳上の兄が野球をやっていて、その姿を見て小学2年生の時にチームに入りました。最初のポジションはサード。同学年は最初自分しかいなかったんで、先輩に混じって空いてるポジジョンに入ったのが最初でした。身長は大きかったんですけど、(野球は)全然うまくなかったです」
というものの、恵まれた体格とスポーツをやっていた両親のDNAを受け継いで徐々に頭角を現す。小学校高学年で投手と外野手を兼任、中学へ進み新潟シニアに進むと、ここで運命の出会いを果たす。この出会いがあったことで、鈴木の投手としての才能が開花し、速い球を投げる能力はさらに進化する。

「中学2年から3年にかけての冬場の下半身メニューで、『四股ふみ』をやったんです。シニアの監督の知り合いの方で元力士の方がいらっしゃって、四股ふみをはじめ、力士の方がやっているトレーニングを教えてくれて。それで冬の時期に下半身を鍛えることを重点的にやったんですね。そうしたら球速がこれまでより10km/hくらい上がったんです。それを実感したのは、週末の練習で投げ込みをしたとき。土・日曜の2日間だけでキャッチャーミットのヒモが切れて、それ以降週1でミットを修理に出していました。あと、下半身が安定すると球速だけじゃなくて、コントロールもまとまりがでてきて。冬の練習ってなかなか大変なんですけど、そのときにこの時期の練習の大切さを感じました」

それまでMAXが130km/hそこそこ。もちろんその時点で既に好投手ではあるのだが、その中学生がひと冬超えMAX140km/hを超えた。だがエースとして臨んだ最終学年、全国制覇には届かなかった。

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