県立竜ヶ崎第一高等学校(茨城)
身の丈にあった野球をしながら、強豪の壁を破る
▲県立竜ヶ崎第一高校野球部 飯塚親弘 監督
過去、春1回、夏は9回の甲子園出場を誇る茨城県の名門竜ヶ崎一。しかし、近年は県内でも常総学院を筆頭とする有力私学が、学校を上げて野球部強化をしてきている中で、苦戦が続いて、いつしか古豪としての扱いに留まってしまっていた。
しかし、この夏は相手よりも少ない安打数でも勝てる野球で、久しぶりのベスト4に進出。「竜一健在なり」を示すことができた。母校竜ヶ崎一に赴任して6年目、監督就任4年目となった飯塚親弘監督は、「本当はそこまで行けるチームではなかったのですけれども、このところは春秋は県大会にもなかなか出られないという状況が続いていた中で、夏に4つ勝てて一つの結果を残せたことは大きかったですね」と語る。
その最大の要因は、メンタルトレーニングを導入して「本気で、甲子園出場。それ以上の頂上を目指そうという意識になれたこと」だと言う。県内でも屈指の進学校で、連日55分授業が6時間ずつ組まれているという、授業体制もハードな竜ヶ崎一。選手たちがグラウンドに集合して、練習を開始するのは、どんなに急いでも、午後4時になってしまう。
しかも、シーズン中でも午後8時には完全下校、オフには7時半に完全下校という規則になっているなど学校の縛りも多い。それでも、学校からは「本校はただの進学校ではない、文武両道を実践している進学校なのだから、運動部はそれぞれ実績を残してほしい」といことも求められている。だから、野球部に限らずどの部も、下校時刻ぎりぎりまで熱心に練習をしている。そんな周囲の状況が、野球部にも刺激を与えているという。
▲県立竜ヶ崎第一高校野球部 アップ
練習時間などが限られているということもあって、効率のいい練習というのが竜ヶ崎一に求められていることである。だから、とにかく練習の中で無駄を作らないということを心がけている。
そのためには、移動は常に全力疾走ということはもちろん、ボールを集めるなどの一つひとつの作業に対してもキビキビとした動きが求められているが、選手たちはそれを当たり前のこととして実行している。
11人いた3年生が引退して、現在は2年生19人と1年生10人で練習をしている。甲子園出場を目指す学校の野球部としては、公立進学校とはいえ決して多い人数ではない。それでも、この夏にベスト4入りしたメンバーも比較的多く残ったことで、「今までは、雲の上のような存在だと思っていた常総学院を倒して甲子園へ行くということが具体的に見えてきた」(飯塚監督)という手ごたえは感じられている。
チームのテーマは「気づき」
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チームとしてのテーマは「気づき」である。効率よく練習の質を高めていくためにも、必要なことなのだ。そんな竜ヶ崎一の練習の中で特徴的なものの一つとして挙げられるのが、選手たちが交代しながらノッカーになっていく守備練習だ。
現在、実際にグラウンドに出て野球部の練習を指導できるのが飯塚監督一人ということもあって、実は窮余(きゅうよ)の策から始まったことでもある。ところが、実際にやってみると、想像以上にその効果は大きかった。
▲県立竜ヶ崎第一高校野球部 ノック
ノッカーになった以上は、受ける相手の動きに対して指摘する必要も出てくる。そのためには、自分自身も気づいて理解していなくてはならない。また、逆にノックを受ける相手を正面から見ていることでから、グラブさばきのコツや足の運びを学ぶこともできるという。内野は3か所で、それぞれがノックバットを持っているし、外野も両翼から飛球を打ちあげていく。
さらに、マシンで背後の飛球を追いかける練習も行っている。各自がノッカーになったり、受け手になることで、短い時間の中で、量としても通常よりも3倍近い打球を処理する練習ができることになる。
こうした部分にも竜ヶ崎一が追求している効率のよさが窺われる。効率を求めてのものだったが、効果はそれだけではなかったのだ。「相手が上手くなるようなノックを打ってやるのも、ノッカーの責任です。守備の上手下手はノッカーにかかっているといってもいいのです。それに、いろいろなノックを受けていくことで、さまざまな打球に対しての対処も自然に学んでいくことができるようになります。バットコントロールを覚えることもあります」と、飯塚監督は部員同士のノックの効果を述べている。
ノッカーとして巧みなバットさばきを示していた二塁手の新垣翔君は、自身もノックを打ちながら相手の動きもよく観察しているという。
▲県立竜ヶ崎第一高校野球部 新垣翔 二塁手
「疲れてくると、どうしても足が動かなくなってくるんです。それに気がついたら、積極的に声をかけていくようにしています。それに、逆シングルに対するグラブの出し方なんかは、ノックをしながら人の(プレー)を見て、それでこうしたらいいんだということに気がつくこともあります。それで、自分が受けるときに実際、それを試してみるんです」
そういう気づき(発見)があるのも、部員がノックを打つことの効果になっている。それをお互いに指摘しあいながら、練習を進めていく。ここにも、竜ヶ崎一の練習のテーマともいえる、「気づき」の大事な要素が含まれているのだ。
古豪復活に向けた「我慢の野球」
▲話を聞く選手たち
グラウンドは校舎に隣接しているのだが、両翼が90mあるかないかという広さである。それに、センターはふくらみがなく、特に右中間が狭くなっている。打てなければ、走塁や細かいプレーで何とか1点をもぎ取っていく野球をしたいという竜ヶ崎一にとっては、打球判断において一番重要な部分が狭いというのはいくらか不都合だ。
そんなこともあって、土日などの練習試合は、極力外へ出ることにしている。今では、全体の8割くらいは意識的に遠征試合を組むようにしているという。
飯塚監督は、「外へ出ることで、いろいろな学校の雰囲気を感じたり、野球以外のことでも学びの場は多いと思います。トンボのかけ方一つでも、よその学校から学ぶことは出来るものです。見て学ぶということも大事なことです」と、現場の指導者として一人で見ている中で、他校との練習試合を上手に利用しながら、「気づき」の幅を広げさせている。そんな状況を、「ウチの子たちは、中学時代にそれなりの成績をとってきた子たちですから、学習能力は高いと思いますよ」と、後輩でもある部員たちのことを嬉しそうに語る。
野球の実績ということで言えば、中学時代からその素質や能力を評価されてきた選手たちではない。そんな選手たちだから、無理に背伸びをしないで、自分たちの身の丈にあった野球をしていこうという姿勢を大事にしている。
▲県立竜ヶ崎第一高校野球部 芳賀直哉 主将
主将の芳賀直哉君は本来は遊撃手だが、チーム事情で投手も兼ねることが多い。打順は一番を任されているが、投手の時でもその打順は変わらない。
「これまで、地区予選で負けてしまうことが多かったんですけれど、夏はあそこまで残れて自信になりました。選手個々の意識も高いと思っていますし、技術のレベルも高くなりました。苦しい時にこそ、声を出し合っていけるようになりました」と、気づきの中で意識も技術も成長していったことを感じている。
将来は、指導者となって、竜ヶ崎一のユニフォームを着たいという夢を持っている袴田陽介君は、本来は捕手だったが外野手も兼ねるようになった。「外野を守るようになって、ショートの守備位置や声の出し方など、新たな発見もありました。竜一の野球部で、勝負へのこだわりや、練習の時から緊張感を持って取り組んでいかないと、試合での集中していく意識は保てないということを学びました」と、やはり練習の中からの「気づき」を大切にしている。
伝統校だけに、地域の期待や応援も大きい。それを負担に感じるのではなく、励みとしながらも、身の丈にあった「我慢の野球」で、打倒常総学院を目指している。
(文=手束仁)