ピッチスマートを採用!好投手を多数擁する愛工大名電の投手管理術
「高校野球界における福岡ソフトバンクホークスでありたい」
今回の取材を通じて、愛工大名電の名将・倉野光生監督が強く主張していたメッセージだ。愛工大名電は、12年ぶりの春の愛知県大会を制して頂の景色を見た。東海大会ではベスト4まで勝ち進んだ高校野球の超名門校・愛工大名電。
では、冒頭で書き記した「福岡ソフトバンクホークスでありたい」とは一体どういうことなのか。その答えは勝利と育成の両立だ。
前回は、倉野監督の育成方針の背景。さらに野手陣の練習方針をご紹介してきた。今回は投手編。今年は田村 俊介、寺嶋 大希といった投手を擁する愛工大名電は、いかにして好投手を育てるのか。
アメリカで有名なピッチスマートを採用した理由
ストレッチを行う愛工大名電の投手陣
「今年の3年生は素質のある投手が沢山います」と投手陣には自信を持っている倉野監督。それを証明するかのように県大会6試合で15失点と安定した成績を残している。ただ素質があっても指導者の育成がなければ、選手たちの成長はあり得ない。では、倉野監督をはじめとした指導者はいかにして投手陣を鍛えているのだろうか。
「1年生の段階でどんな投手に育てるかプランを立てます。その上でキャッチボールを通じて、投げる力や肩を鍛える。また変化球やフォームの確認もキャッチボールで済まして、ブルペンでは配球の確認をさせています」
あくまでキャッチボールを最優先に捉えて、ブルペンはキャッチャーとの確認の場。愛工大名電ではこういった位置づけで選手たちは日々を過ごしている。実際に田村 俊介も「キャッチボールからブルペンのつもりで取り組んでいます」と話しており、選手たちへの意識は浸透している。
さらにブルペンでの投げ過ぎによるケガ防止策として、愛工大名電はピッチスマートを採用している。アメリカでは有名なピッチスマート。年齢に合わせて1日の球数を制限している指標となるが、その基準は以下の通りとなっている。
・連投可能:30球まで
・中1日空ける:31~45球
・中2日空ける:45~60球
・中3日空ける:61~80球
・中4日空ける:81球以上
この枠組みに沿って愛工大名電はブルペン練習をする。あまり投げ込めないからこそ、キャッチボールをたくさんやって力を付けるのだが、ピッチスマート導入の理由は別のところにある。
「ここ最近は最速を更新する投手が増えてきました。それは私たちの練習方法が間違っていない証明になっていると思いますが、それは選手それぞれが自分の限界を超えて更新しているので、なかにはケガをしてしまう選手もいます。
いくら球速が上がってもケガをしてしまっては駄目なので、練習で無理をさせない。球速が上がってもケガをしないような練習を取り入れるようにしています」(倉野監督)
寮のなかに初動負荷トレーニングの器具があるのは、そのためでもある。もちろん、瞬間的な出力を高める意味でも初動負荷トレーニングは愛工大名電にとって大事な練習の1つである。だが同時に可動域の拡大、インナーマッスルに柔軟性を持たせることで、ケガを未然に防ぎたいという狙いもあるのだ。
ケガ防止&球速アップのメニューが満載
キャッチボールを行う寺嶋大希
初動負荷トレーニングだけが、愛工大名電の投手のケガ防止策ではない。愛工大名電投手陣はキャッチボールの前に必ずチューブを用いたストレッチを行う。これで肩甲骨周りの柔軟性を高めつつ、しっかりと筋肉をほぐしたうえで、ボールを投げ始める。
ただ、愛工大名電にとってのキャッチボールは貴重な練習メニュー。当然、創意工夫が凝らしてある。愛工大名電では最初に3種類のボールを使い分けて、肩を温めながらトレーニングをしている。その3種類というのは、
・ソフトボール
・160グラムのボール
・110グラムのボール
の3つである。
去年から取り入れられた練習方法で、大きさも重さもバラバラのボールを投げることで、指先の感覚を養う。と同時に通常よりも重いボールを扱った後に、軽いボールを投げることで、腕を速く振る感覚。速く振るために必要な筋肉、神経系に刺激を与えることを目的にしている。
これらの練習メニューを通じて、ドラフト注目右腕・寺嶋 大希は大きく成長できたと話す。
「ケガ防止のためにチューブをやっていたおかげでインナーマッスルも鍛えられましたし、3種類のボールを使うことで腕を速く振る感覚が身につきました。それもあって入学時は135キロだったのに、1ヵ月半で142キロまで伸ばすことが出来ました」
愛工大名電のキャッチボールにおける工夫は道具だけでは終わらない。しっかりと肩が温まると、今度はダイヤモンドの対角線でキャッチボールを始める。思い切り勢いを付けて、身体全体を使ってライナー性のボールを投げ込む。ここで全身を使って大きく投げる感覚を体に染み込ませると、距離を段々縮める。最終的には20メートルほどの距離まで詰めて、キャッチャーを座らせた状態で投げる。
キャッチボールから少しずつ、ピッチングに近づけていく。この段階を踏むことで、愛工大名電の各投手は縮こまったフォームになることなく、伸びのあるボールを投げ込むことが出来るようになっている。選手たちを指導するコーチ陣からも「伸びのあるボールを投げ込めるようになっている」と声が上がっており、選手たちの成長を感じているようだ。
野手、投手ともに愛工大名電では、様々な工夫を凝らし、選手たちの成長を促す環境とメニューが整っている。だから12年ぶりに春の県大会を制することが出来たといっても過言ではないが、倉野監督のなかで選手育成において大事にしているのは、個性だという。
「徹底的に個性を伸ばせるようにしているので、同じ型にはめることはしません。やりたいポジションを最初にやらせてあげたうえで、選手の将来を見て良いものを見極めて引き出す。これが我々の仕事ですが、あえて自分たちで見極めることが出来るように、色んなポジションに挑戦させることもあります。
様々な角度から自分を見ることで、自分がどんな選手なのか。どんなスタイルが合っているのか気づき、目指すべきところに自ら向かって努力をする。そういう仕掛けをすることもあります」
一貫して選手の将来を見定め、今やるべきは何なのか。そして勝利も掴む。勝利と育成をバランスよく取り組み、両立させる。愛工大名電が目指す常勝軍団の形は、春の県大会優勝で愛知県内に示した。次は3年ぶりの夏の甲子園へ。高校野球界の福岡ソフトバンクへ。愛工大名電が巻き起こす革命はここからだ。
(取材=田中 裕毅)