宇部鴻城高等学校(山口)「教育の一環」かつ「真に強い集団」として
春の山口県大会を秋に続いて制覇。次なる目標を夏の甲子園出場に定める宇部鴻城(山口)。センバツ初戦で優勝した大阪桐蔭に大敗したショックを払しょくした陰には、冬に積んだ精神力とスタミナを鍛えるトレーニングや高校野球の原点「教育の一環」を貫く姿勢があった。
「掃き清められた砂利」と「朝練習」に見える「高校野球の精神」
周囲の通路まで掃き清められているグラウンド
日本屈指の工業都市である山口県宇部市。その工業地を見据える丘の上にある宇部鴻城高等学校。校舎を挟んで広がる野球部グラウンドの朝は、冬のある休日では、平日朝の全体練習禁止、平日の練習19時半までを取り戻すかのように早い。6時を過ぎるとバックネット裏の応接室には明かりが灯り、マネジャーたちが掃除や準備を始める。
その応接室から、入口まで続く砂利道。ふと足元を見ると、まるで砂利には京都の庭園のような一定の文様が描かれていた。踏みしめると「シャキ、シャキ」と規則的な音がする。筆者もこれまで様々な高校野球部を取材しているが、このようなグラウンドのみならず、グラウンド外の隅々まで整備が行き届いているのははじめてだ。
「練習後に1時間くらい。みんなで整備をするんですよ」。荒武 華穂マネジャー(3年)が明かしてくれた「自らと向き合い、細部まで心を研ぎ澄ます」高校野球基本精神の徹底ぶりは、日が昇るとさらに明らかとなっていく。
7時を過ぎると次々とやってくる選手たち。ところが、彼らはまずグラウンドに入ると、黙々と三々五々の動きを始めた。ある選手がショートダッシュを繰り返せば、ある選手はタイヤ引き。主将の嶋谷 将平(3年・遊撃手・右投右打・180センチ82キロ・宇部市立常盤中出身)は「センター返しを意識するために」と正面からのティーバッティング。外を見るとグラウンド周りを走る選手もいる。
「ウチの場合、朝と全体練習後に課題練習があります。それぞれの目標を決めて、そこに達するための個人トレーニングをしていきます。ただ、技術練習を除く朝練習の2人以上練習は禁止。自分と向き合う時間を作る時間も必要なので、そこはメリハリを付けながらやっています」と横で教えてくれたのは海星(三重)、皇學館大を経て淞南学園(現:立正大淞南<島根>)、京都両洋でコーチ・部長・監督を歴任後、就任13年目を迎える尾崎 公彦監督だ。
「タイヤを引き続けたことで、ベースランニングの加速がよくなったと思います」。山口県大会1回戦・山口西京相手に放ったランニング2ランを皮切りに、昨秋は公式戦43打数20安打1本塁打8打点のリードオフマン・古谷 慎吾(3年・左翼手・右投右打・168センチ70キロ・宇部市立常盤中出身)も、こういった形の朝練習効果を実感している1人である。
かくして約30分あまり、自分の目標と向き合った選手たちは、「集合!」の声と共に今度は「チームとして戦う」全体練習へ突入していった。
個人ばかりでなく「チームで戦う」メニューの数々
クロスカントリーに取り組む宇部鴻城ナイン
「人生の中でこんなに旬な時期はないぞ。ここでやらんでいつやるんか。もちろん、20代・30代・40代・50代、それぞれの旬はあると思うけど、お前らは野球ができて身体も自由に動く。20年・30年経ったら身体も自由に動かなくなるんだ。
もちろん、ケガとか他の理由もあると思うが、野球ができて旬な時期は今しかない。そして勝つためには『入り・詰め・隅』を徹底してやること。そうすれば勝つための階段を昇っていくことになるんだ」
こんな尾崎監督の訓示を合図に、この日の全体練習は開始。それはトレーニングという名の「戦い」であった。
まずは宇部鴻城野球部では約10年の伝統になっている起伏に富んだ学校内クロスカントリーを約800mを右回り・左回り5周ずつ。「体幹・上腕の力とバランスを鍛えるために」(平田 剛史コーチ)5キロ盤を両手に抱えたまま走り切る。
「最初は走っても腕が振れなくて大変だったが、疲れてからの粘りを意識するようになって、下半身の粘りが出るようになった」と話すのは荒武 雄大(3年・一塁手兼投手・左投左打・174センチ78キロ・宇部市立東峻成中出身)。事実、最速143キロの荒武は入学時より球速を10キロアップさせている。
1時間近くのクロカンを終えて、声を合わせて股関節周りも含めたアップを行うと、続いてのメニューは「100・50・30」と呼ばれる様々な距離のショートダッシュ10本ずつ。ただこの時、外野にはけが人を除く全員が一列に並んだ。ここで規定時間を切れない選手が多数あると、もちろんやり直し。ここには単に心肺機能を高めるだけでなく、「チーム力を上げる」(尾崎監督)要素も含まれている。
「しんどいのか?強くなりたいのか?」(尾崎監督)
「強くなりたいです!」(選手)
「3年生にプライドはあるのか!?」(尾崎監督)
「はいやぁ!!」(選手たち)
一塁コーチャーの山本 新大(3年・一塁手・右投右打・161センチ69キロ・下関市立豊北中出身)は言う。「いつもはサインプレーを確認する立場だが、それと同じように表情を読んで下級生に対しては、両隣を励ますようにしています」。
三塁コーチャーの濵岡 陸斗(3年・二塁手・右投右打・160センチ65キロ・下関マリナーズ<ヤングリーグ>出身)も想いは同じ。
「周りに声を掛け合って、自分が引っ張っていく」。山本も言っていた「レギュラー奪取」を行動で表そうとしていた。
捕食をこまめに挟んでの10種目サーキットトレーニング、ロングティー、ノック、打撃練習などでも「チームでやる」空気が張り詰める。昨秋は「中国大会優勝は絶対ノルマだった」目標を見事達成できた宇部鴻城。そのベースには百留 佑亮(3年・右翼手兼投手・左投左打・172センチ73キロ・下関マリナーズ<ヤングリーグ>出身)いわく「自信を付けるための」ランメニューをはじめ、この意識付けがあったからこそだ。
「実は自分は昔から『全員野球』という言葉が嫌いなんです。自ら『全員野球』と名乗らなくても、周囲から『全員野球しているね』と言われるようなチームを目指しています」(尾崎監督)。宇部鴻城のグラウンドは、その意思を選手たちが理解し、実行に移す場所となっていた。
「真に強い集団」への再出発
しかし、勝負の世界は時に非情な結果を生み出す。迎えたセンバツ1回戦・大阪桐蔭(大阪)相手に宇部鴻城は「明治神宮大会でも中国大会とよりプレーを急がなくてはいけないことを感じた」女房役・正木 雄大(3年・捕手・右投右打・175センチ85キロ・宇部市立西岐波中出身)の懸念が悪い形で的中する。
「チームを全国制覇に導きたい」と話していた先発・早稲田 玲生(3年・投手・左投左打・176センチ80キロ・長門市立日置中出身)は打者5人・21球でマウンドを降り、チームは2安打、0対11で完敗。そして大阪桐蔭は彼らの目指していた「全国制覇」を成し遂げた。
それから約2か月。山口県大会を制した今、尾崎監督は選手たちにこう語りかけた。
「あの場所に立っていて受けた気持ちを晴らすには、夏、もう1回甲子園に立つしかない。夏に向けてやっていこう」
その中心となるのは「センバツの後から人が変わったように取り組みがよくなった」と指揮官も評価する早稲田や正木をはじめ、あの冬を乗り越えた選手たち。グラウンドに掲げられている「全国制覇」を現実のものとするため。彼らは全国制覇の一端に触れた収穫と口惜しさを糧に「真に強い集団」として、頂点獲得を期す。
(取材・文=寺下 友徳)
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