『野球身体論』 特別対談 山本雅弘監督(遊学館)
第49回 『野球身体論』 特別対談 山本雅弘監督(遊学館)2011年12月06日
野球身体論を知り尽くした男同士の対談
山本雅弘監督(遊学館)× 殖栗正登(ベースボールトレーナー)
今回、殖栗正登トレーナーと対談するのは、遊学館(石川)の山本雅弘監督。
野球指導論から、ヒトの身体論、さらには宇宙論まで多くの知識を自ら学んだ山本監督と、同じく野球での体の使い方を知り尽くした殖栗トレーナーが、熱く野球身体論を語ってくださいました。
肘のケガ予防のための考え方
山本雅弘監督(遊学館)
山本雅弘監督(以下、名前のみ) 僕自身、やり投げを以前やっていたんですが、野球のボールを投げれば130キロ前半のボールを投げていました。だからバッティング投手をしながら毎日600球くらい投げていたんです。それだけ投げても故障しない丈夫な肩がすでに出来ていました。もともと、1キロくらいの重さのやりを投げていたので。
そう考えていくと、肘とか肩とかを痛めるのも、自分の持っているもの以上のことをやろうとするからだと思うんです。だから、140キロの投手なら、130キロ後半のボールを投げてコントロールする力を求めて、たまに140キロをみせる能力を追求することが大事だと思います。
殖栗正登トレーナー(以下、名前のみ) 山本監督の場合は、ピッチャーを育てる時、どういった意識を持たせて指導されているのですか?
山本 まず、右ピッチャーには右バッターのインコース、そこに、とにかく目をつぶってもインコース低めに投げられるようにする。左バッターならアウトコース低めに。この基本形の流れで、体を入れることによってクロスに投げられるようになる。これが角度のついたボールになるんです。
殖栗 そのためには、どこをポイントに指導されているのですか?
山本 例えばある投手の場合は、自分の頭から肘が遠く離れた投げ方(力に頼った投げ方)で投げていたので、ダルビッシュ投手とか涌井投手のように肘が頭の近くを通るフォームに変えました。でもね、これもマイナス点があって、どうしても肘が前に出てしまう。肘を痛める可能性も出てくるんです。
その時に、肘のストレスに対する強化も必要になってくる。今回は、逆に殖栗さんからは、その最先端のトレーニングも教えて欲しいですね。とにかく肘の強化について教えていただきたいと思っています。
殖栗 僕の場合は、肘はポイントを絞って治療しますね。それは靭帯の内側(ないそく)なのか、筋肉なのかなど、診断しています。
山本 大体、肘は内側ですよね。骨ではなく、内側の靭帯を痛めているケースが多い。
殖栗 そうなんですよね。ピッチングの動きに対して、内側の靭帯が耐えられないんですよね。それは靭帯の構造上の問題でもあるので、ピッチング=靭帯を痛めてしまうんだということをまず選手には理解して欲しいですね。
そこで、まず、1番最初に見るのはフォーム。僕も色々なデータを見ながらやっていきましたが、水平内転投げという、先ほど山本監督が言っていたような動きで肩を使う子は必ず肘を痛めている。
2人が考える理想のフォームとは?
殖栗正登(ベースボールトレーナー)
山本 そうなんです。まして150キロを投げたら肘が耐えられるわけがない。だからスピードを追求していくことは難しいと思うんです。
アメリカなんかMAX160キロも投げられる選手もいますが、自分の体を壊してしまうから140キロで投げていたりするんです。それが、日本はまだ分かっていない。いま、スピードばかり追求していると体を壊してしまうんだと。
殖栗 肘って本当に難しいですよね。結局のところは僕のイメージだと鍛えることも大事で、握力のグリップを逆に握って小指が握られれば良いと。この(親指と小指の)2本の指で、30キロを10回やれば良いかなと。これは医学的なデータがあって。それくらいしか予防策は無いかな。
肘はやっぱり物理療法でフォローを入れていくしかないんです。どちらかといえばケアをしていくイメージですね。
山本 一番怖いのは、それが剥がれたり伸びたりした時。そこを確認したい。殖栗さんに質問ですが、これが人間の解剖学的に一番良い投げ方だから、「僕もそういう投げ方に変えていった方がいいのかな」って選手が思うようなものがあれば。
殖栗 ピッチングって、教科書に載っているようなフォームだと、(ヒトの身体の構造的に)、真っ直ぐに投げられないんじゃないかなって思うんです。肩を上げると、遠投になっちゃうし、力の進む方向に疑問がある。でも、教科書とか見るとこの理論は絶対崩れなくて。
それよりも(グローブ側の)肩を下げて左の股関節をガッて前に出して投げたほうが前に投げられると思うんです。
山本 体全体の軸が回ってくるような投げ方だと綺麗に投げられますね。横に投げるんじゃだめ。体が回っていくイメージを持つだけでも変わってくると思います。
キャッチボールで改善させても実践になったら結局戻ってしまう子が多いんですよね。上の動き、下の動きをべつべつにしながら、体幹を一体にするという難しい動きだからかな。
殖栗 下から上に行く力の流れが全部同じ方向に流れていて、回転する方向の時も下半身の進む方向に上半身が乗っかる形で、最後に肘が出るイメージの動きですよね。
股関節が固いから股関節が動かず、股関節が回らないから、上から上半身を無理矢理押し込んできて、左側が曲ってしまうのでしょう。
山本 結局、筋肉を作ってしまうと、筋肉のかたまりが投球の動きの邪魔をすることも考えられる。使い方次第ではより高いレベルの選手になれるけど、いまはそういう時期じゃない高校生の選手もいる。時期が大切ですよね。
『戻る場所』を一緒に見つける指導
山本雅弘監督(遊学館)
殖栗 僕からの質問ですが、走り方にも何か工夫していることがあるんですか?
山本 私は学生時代は陸上選手でしたので、昔はハードルなども練習に用いていましたが、今はそれよりもやらなければならないことがあるから、あまりやっていないですね。でも、円を描いたライン上を走らせたりといったことはさせています。極端な事をやるよりはこれが良いかなって。
スキーの国体選手も指導していましたが、スキーの場合は上手く体を利用してロスの無いバランスが要求される。さらにスピードを落としてはいけないので、走り方でもそういった(他競技でも同様の)身体の使い方を大切にしていますね。
殖栗 野球だけじゃないから、色々な発想が出てくるんですね。山本監督自身、スキー選手としてもご活躍されていましたが、高校野球部の指導者になられても遊学館を創部1年半で甲子園に導いて、すごい話題になりましたからね。
1、2年生のチームをどうやって1年間で、そこまでのレベルに持っていったのですか。
山本 とにかく精神的な面で自信を持たせて、どんどん上手くなる要素を取り入れてみたら、そのまま吸収してくれたんです。
もう一つはプレー1つから2つ、3つ、4つと、とにかく時間をかけてやりました。常に繰り返し繰り返し、時間をかけていったところ、ミスが少なくなりましたね。
そして、ココがダメだったらこの練習に戻ろうという『戻る場所』も気付かせたんです。野球という競技は指導の資格がいらない競技のため、選手の数だけ基本が存在しているので、スランプになったときにどこに戻ればよいかわからないのです。だから基本の流れを示すことが私の仕事でした。じゃあもしダメな時にどこに戻れば良いのかというと、コレという一つの流れを示してあげること。
スタートはここなんだっていうマニュアルを作ってあげること。そうしてあげることで技術も向上し自信につながっていくと思うんです。選手のいい所を引き出しながら、ダメな所を隠すというやり方ですね。
殖栗 ここまで考えて教えられている指導者って少ないんじゃないかなって思うのですが。
山本 教えることは誰でもやれると思いますが、本当に大事なことは何かということに気付かなきゃいけませんね。
「自分はこうやって教えるんだ」「この練習をやらせるんだ」ということばかりやっているから子供を壊してしまう。
広い意味で、子供のことを考えた野球が出来るような環境にすることが自分の使命だと思っています。だから、野球のキャンプには毎年行くようにしていますし、アメリカのメジャーのキャンプに行っても、様々な環境で育った人たちから話を聞いたりしていますね。
常に球児たちの上達を考え、日々勉強し続ける二人だからこそのお話しでした。今回の対談が、初対面ながらも熱く語っていただいた山本雅弘監督、殖栗正登トレーナー、有難うございました!