「指導者が変わらなければ野球界は変わらない」古島弘三医師 インタビューVol.5
ここまで古島医師の見解、また球数制限を行っている健大高崎の事例を紹介したが、最終回となった。最終回では、古島医師は選手の接し方や、指導者に対しての提言を行った。
これまでの連載
手術件数年間200件、「球数制限はせざるを得ない状況になっている」古島弘三医師 インタビューVol.1
「球数制限の前に良い投球フォーム」という声に古島医師の見解は? インタビューVol.2
「大会前の追い込み練習はマイナスでしかない」古島弘三医師 インタビューVol.3
「球数制限を行う健大高崎から学べるもの」古島弘三医師 インタビューVol.4
治療だけではなく、構造と指導者の意識を変えないと故障者は減らない
古島弘三医師
―― 先生は投球フォームを見て指導されることはあるんですか。
古島 投球フォームは、介入するなら長期間で見ていかないと、一瞬だけ見て「ここ、こうだよ」と教えても逆に迷ってしまいますから、介入はしないようにしています。ただ大まかに「この時は足はこうなっていた方がいいよ」といったような、ケガのリスクを抑えた最小限のポイントだけは教えます。医学的にケガをする投げ方はいろいろと報告されています。
フォームをもっとこうしろとか、そういうことは言わないです。それを言ってしまうと、中には失敗してしまう子も出てくるだろうし。プロでもそうでしょ。コーチがちょっと言ったらスランプになってしまう。プロでさえそうなるんですからね。
例えば足が着地した時には手は頭の後ろぐらいまで来てた方が、肘下がりにならないで上手く投げられる。足を着いた時に手がこうだと先に身体が開いて肘が上がらないままこうきちゃうので、肘下がりになって肘を壊すんだよ、骨盤の姿勢が悪いことがすべての悪い投げ方に繋がるなどという明確な部分はありますから、故障にならないようにするポイントだけは伝えます。
腰の開きとか、肩が開かないようにとか、パフォーマンスを上げるための指導を言うとワンポイントレッスンでは逆にぐちゃぐちゃになってしまうので。
――定期的に受診する選手はいるんですか。
古島 小学生などは治療が終わっても定期的に受診を希望してますね。もう治ったからいいよと言っても、リハビリは継続したいという選手も多いです。
――プロ野球でやってらっしゃる方はやはり、姿勢とか精神力とか、凄いものはあるんですか。
古島 姿勢が悪い人にはちゃんと「姿勢を良くしろ」と注意します。つまり骨盤の前後傾位です。プロ選手でそれでパフォーマンスが上がったんだろうなという選手もいますし。姿勢が悪いことがパフォーマンスを上げられない理由だと気づける選手は一流になれると思います。
僕が言った一言でヒントを得てそれを応用してやるとか、そういうことができる選手はさすが一流選手と思います。言ったことに対して「え?」と?が付いてしまうと、そういうレベルまではやはりいっていないですね。
現状の問題に対してどう受け止めるかで野球界の流れは変わる
古島弘三医師
――小中学生で故障して来た選手に対しての接し方はどうなのでしょうか。
古島 小学生のほとんどは“プロ野球選手になりたい”と思っているんですね。受診時(の問診票)に○を付けるんです。『将来プロ野球選手になりたい』『社会人までは行きたい』『大学生までは』『高校生までは』とかね。小学生のほとんどは『プロになりたい』に○を付けてきます。
でもやはり目の前の大会にしか目が向いていないので、「今キミは投げていて痛い。今が大事なのかな。ケガをしたまま投げていたら、高校ぐらいでまた痛めちゃうよ」とか、「プロになりたいんだったら、今ケガを押し殺して頑張る時期じゃない」とか、「先を見なさい」というふうには言っています。「今だったらこのケガは軽いから、ちゃんとリハビリしていけばみんなより絶対上手くなるから、逆にケガして病院に来ていろいろと学べて良かったね」って励ましますね。
――すごい前向きにお話されているんですね。
古島 前向きです。それでやるかやらないかは、本人次第になります。「キミはプロになれる可能性が絶対にゼロじゃないから、ここから先どうするかだよ」と。
――病院には指導者は来ないと話をしてくれましたが、指導者が来た場合、どんな説明を致しますか?
古島 監督が直々に一緒に来たら、それはもういろいろ説明してしまいますよ。指導者が良くなったらそのチームの全員がよくなると信じていますから。長時間練習は意味ないこと、投球数のこと、成長期の野球障害のこと、コーディネーショントレーニングなどの効果などもさまざま話して1時間くらいしゃべってしまうかもしれませんね。
僕はいつもケガした子たちに、チームはどんな練習をしているのか、何時間練習しているのか、試合ではどれぐらい投げているのか、全部詳細に訊きます。そうするとそのチームの事情が解るわけですよ。ただ治療するだけではなく、構造的にケガが起こる環境になっているのか、そうではないのかを判断できるので、そこからアドバイスができるわけです。
できるだけ指導されている先生方には選手と一緒に来ていただきたいです。
――指導者が変わらないと、指導の仕組みが変わらないですからね。
古島 その選手に言ったって変わらないから、指導者が変わらないと守れないです。
私も指導者講習会でたくさんお話をする機会をいただきますが、話せば分かる人たちもいるし、(なんだよ、コノヤロー)みたいな目でみてくる人も絶対いるんです。
最初から理解している人、知らなかったけどこれを聞いてなるほどって変われる人、なるほどそうだけどでも変われない人、そんなことで勝てるわけないと最初から聞く耳持たない人、そういう四つの集団に分かれます。
最後の指導者4つのタイプの話は何に置き換えても、言えることではないだろうか。問題点に気づいているけど、変われない。現在の野球界はSNSの発達により、いろいろ問題があることは多くの人が理解している。有名アスリートの発信により、球数問題が再燃している。
古島医師の見解により、球数制限は導入しなければならない段階に入っていると感じたはずだ。現時点で、佐々木朗希が194球を投げたのを筆頭に、各地の大会では200球投げた、初戦から決勝戦までのほとんどの試合を先発したなどそういうケースが後を絶たない。
さらに議論することが増えるだろう。議論で終わるのではなく、実行の段階に入って野球界が変わることを祈りたい。
取材=河嶋 宗一
これまでの連載
手術件数年間200件、「球数制限はせざるを得ない状況になっている」古島弘三医師 インタビューVol.1
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