試合レポート

東海大菅生vs帝京

2020.08.11

3年生に託した9回の攻防 臼井の執念のサヨナラ打で東海大菅生 東京の頂点に立つ!

東海大菅生vs帝京 | 高校野球ドットコム
勝利直後、歓喜の輪を作る東海大菅生ナイン

 本来なら、夏の甲子園大会が開幕している8月10日。そして甲子園球場ではセンバツ出場校による交流試合が始まったこの日、東西東京大会の優勝校による夏の東京ナンバーワンをかけた特別な試合が行われた。東東京の帝京、西東京の東海大菅生はともに決勝戦を延長サヨナラで勝って、この舞台に登場した。

 帝京の先発は田代涼太東海大菅生本田峻也という左腕投手が先発した。東海大菅生は本来新倉寛之という絶対的なエースがいるが、大会前に肘痛を訴えたため、この大会では、本田が先発を担っている。

 帝京・田代、東海大菅生・本田とも1回は三者凡退の順調な滑り出し。しかし2回表帝京は、主将で4番の加田拓哉の打球が、詰まった当たりながら飛んだコースが良く左中間への二塁打となる。加田は5番・新垣熙博の犠打で三塁に進む。ここで帝京・前田三夫監督は、6番・武藤闘夢に強攻策。武藤は左犠飛で加田が生還し、帝京が幸先よく1点を先制した。

 帝京の田代は、ツーシーム、チェンジアップなどの変化球がコーナーに決まり、3回裏に9番・本田に中前安打を許しただけで、東海大菅生に付け入る隙を与えない。

 本田もこの試合では低めへの制球がよく、帝京打線を抑えていたが、5回表に再度ピンチを迎える。まずこの回先頭の6番・武藤が左前安打で出塁する。秋は2番打者だった武藤が、6番に入ることにより、帝京打線は上位打線と下位打線のつながりが良くなった。武藤は7番・澤石淳平の犠打で二塁に進み、8番・高橋大陸の右前安打で一死一、三塁となる。ここで9番・田代は初球スクイズ。


 難しい球だったが、リーチの長さを生かしてうまく転がし、帝京が1点を追加した。帝京の前田三夫監督は、この大会、初球からのスクイズを敢行しているが、東海大菅生の若林弘泰監督は、「あそこはぼっとしていました」と、一瞬の隙があったことを認める。

 東海大菅生は、6回表は広瀬楽人を登板させ、7回表からは、抑えのエースである藤井翔を投入した。しかし藤井は本来の調子ではなく、7回表は一死一、三塁のピンチを招いたが、9番。田代の右直に一塁走者が飛び出し併殺となり、無失点。東海大菅生も流れを完全には渡さない。8回表は一死一、三塁のピンチを迎えるが、ここで藤井はギアが入ったように、146キロの速球を立て続けに投げ、4番・加田を三振、5番・新垣を三ゴロに打ち取った。

 9回表も、藤井と帝京打線の力と力の対決は続く。この回先頭の6番・武藤を三振に抑えたが、続く、負傷で途中交代した澤石に代わり7番に入る御代川健人が中前安打で出塁すると、すかさず二盗に成功。8番・高橋は147キロの速球で三振に倒れたが、9番・田代は中前安打。ここで2年生の中堅手・榮塁唯が、本塁上の捕手のミットめがけて、ドンピシャの送球をして御代川を刺して、帝京に追加点を与えない。結果として、このプレーが大きかった。

 とはいえ、東海大菅生打線は8回まで安打は本田の1本だけに抑えられていた。9回裏の攻撃に入る時、東海大菅生の若林監督は、「勝負根性をみせろ」と檄を飛ばした。この回は1番・千田光一郎からの好打順。千田は2年生だが、2番、主将の玉置真虎、3番・森下晴貴、4番・杉崎成と3年生が続く。甲子園大会がない以上、泣いても笑っても、この回が公式戦最後の場面となる。


 この回、1番・千田が中前安打で出塁する。続く玉木は四球で歩く。先発して好投しているものの、疲れのみえる田代の代え時が難しくなってきた。帝京の前田監督は伝令を出し、捕手の新垣に田代の状態を聞くと、「変化球にタイミングが合っていない」という答えが返ってきた。前田監督は、「選手を信じよう」と考えた。

 実際田代は2安打しか打たれていない。しかしこれまでの前田監督なら、玉置への四球で交代させたのではないか。帝京にとっても、今の3年生の最後の場面である。前田監督の続投の判断は、ここまで築いてきた信頼であると同時に、情の部分も少しはあったと思う。

 けれども3番・森下は、1ボールからの2球目を、左中間に運ぶ三塁打を放ち、2人が生還。東海大菅生は土壇場で同点に追いつき、さらにサヨナラの走者を三塁に置くことになった。

 ここで帝京は田代に代えて、柳沼勇輝を投入する。ただ幾多の苦しい場面を投げてきた柳沼にしても、非常に厳しい場面である。帝京ベンチは、4番・杉崎、5番・堀町沖永を申告敬遠で歩かせ、無死満塁とする。帝京の外野手は、前進守備をとらない。「この球場は風があるから」と前田監督。外野フライになっても、刺すことができるという信頼が、ほぼ定位置の守備陣形をとらせたのか。

 しかし、6番の3年生・臼井直生の打球は、二塁手の後方、中堅手の前に落ちて千田が生還。東海大菅生が劇的な逆転サヨナラで勝利を収め、2020年夏の東京の王者になった。

 惜しくも負けた帝京の前田監督は、「負けたけど、いい試合ができました」と語った。センバツ出場を惜しくも逃し、夏の甲子園大会も中止になった。チームが不安定になりそうな時、チームをまとめたのが、主将の加田だった。「加田が作ったチーム。彼の力が大きかった」と前田監督。大阪から来た加田は、帝京に新しい風を起こした。その風は、新たな伝統として、武藤闘夢ら、下級生に引き継がれていくだろう。

 一方東海大菅生の主将・玉置は、試合直後に「3年間、野球をやってきて良かった」と涙声で語った。4回戦の中大杉並戦で苦戦した後、若林監督は、「ふざけるな。こんなにだらしなくてどうする。悔しかったら優勝してみろ」と、部員たちを叱った。帝京に勝った後若林監督は、選手たちに「すみませんでした」と謝ったという。

 甲子園大会が中止になった後も、部員たちに優しい言葉はかけず、この大会でも、力があれば、下級生でも積極的に起用した。若林監督の厳しい言葉の裏側にある情熱を感じていればこそ、選手たちはついて行き、栄光を手にした。

 コロナウイルスの感染者が増加する中で行われたこの大会は、無事に終われば、大成功と言ってよかった。それだけ大会を運営する東京都高校野球連盟の苦労は並大抵のものではなかったし、それに選手たちは、全力プレーで応えた。

 観客もブラスバンドの応援も、さらに高校球児憧れの甲子園への道もない夏。早く高校野球本来の姿に戻ることを願いつつも、東京の頂上決戦は、改めて、高校野球はいいなと感じさせるものだった。この夏の戦いは、きっとこれからも語り継がれていくだろう。

(記事=大島裕史

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.04.27

【京都】龍谷大平安、京都成章、北嵯峨などが2次戦進出戦に挑む<春季大会>

2024.04.27

【大阪】3回戦は28日に大阪桐蔭、履正社が登場、29日には上宮-関西創価など<春季大会>

2024.04.27

横浜に入学した「スーパー1年生5人衆」に注目せよ! 佐々木朗希二世、中学日本代表の二刀流など明日の慶應戦で活躍なるか!?

2024.04.27

【広島】広陵は瀬戸内と、広島商は崇徳と夏のシードをかけて激突<春季県大会>

2024.04.27

【滋賀】シードの滋賀学園、彦根総合が登場<春季県大会>

2024.04.23

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.23

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.24

春の埼玉大会は「逸材のショーケース」!ドラフト上位候補に挙がる大型遊撃手を擁する花咲徳栄、タレント揃いの浦和学院など県大会に出場する逸材たち!【春季埼玉大会注目選手リスト】

2024.04.22

【和歌山】智辯和歌山、田辺、和歌山東がベスト8入り<春季大会>

2024.04.22

【九州】神村学園、明豊のセンバツ組が勝利、佐賀北は春日に競り勝つ<春季地区大会>

2024.04.23

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.23

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.05

早稲田大にU-18日本代表3名が加入! 仙台育英、日大三、山梨学院、早大学院の主力や元プロの子息も!

2024.04.02

【東京】日大三、堀越がコールド発進、駒大高はサヨナラ勝ち<春季都大会>

2024.04.12

東大野球部の新入生に甲子園ベスト4左腕! 早実出身内野手は司法試験予備試験合格の秀才!