大手前高松vs明徳義塾
明徳義塾、いまだ癒えぬ「センバツショック」
明徳義塾の4季連続優勝を防いだ大手前高松選手たちがハイタッチ
まず、明徳義塾の4季連続四国大会制覇を止め、初の四国大会決勝進出を決めた大手前高松について触れたい。
この試合で目立ったのは10人全員が出塁した攻撃面の集中力。特に4回表二死一・二塁から「1・2打席目は左脇が空いていたので、ヘッドを抜いて上からしばくイメージで打った」3番・内田 峻太(3年・中堅手・右投右打・177センチ76キロ・高松市立国分寺中出身)による左翼ポール際への高校通算10号逆転3ランは、洞察と右手を最後に押し込んだ技術力も含め称賛に値するものであった。
また、2番手で3回から7イニングをロングリリーフした中村 公俊(3年・右投右打・174センチ75キロ・高松市立木太中出身)も公式戦最速の139キロストレートをうまく見せ球にし、スライダー・チェンジアップを決め球とする配球で明徳義塾打線を散発7安打、無失点に封じた。
逆に翻ればこの試合において、明徳義塾は「四国王者」らしい風格をほとんど見せられなかったということ。中でも四国大会代表順位決定戦・高知商戦で先発の林田 大成(2年・左投左打・174センチ62キロ・福知山市立日新中<京都>出身)は先発4回6安打5失点。センバツ後に外野手から投手復帰した服部 遼馬(2年・左投左打・173センチ65キロ・明徳義塾中出身)も2回を投げ1失点と流れを作れず。「ボールのキレもないし、オドオドしている」。試合直後はベンチ内で久々に超大型の雷を落とした馬淵 史郎監督も、この2人について語る時は怒りを通り越し、やや悲し気な表情を浮かべていた。
「市川頼み」。振り返ればこれもセンバツ前から明徳義塾が抱えていた問題である。市川の調子次第、グラウンド上にいるいない次第で試合内容が大きく変化する「センバツショック」を克服しない限り、彼らの夏は甲子園での上位進出はおろか、高知大会9制覇すらおぼつかないと言わざるを得ない。
(取材・写真=寺下 友徳)