健大高崎vs桐生第一
強豪対決は、まさかの6回コールドゲームで健大高崎
絶えず走るぞと、相手を意識させる健大高崎の攻め
高校野球の勢力構図というのは常に動いている。それが、全国各地でそれぞれ起きているのだけれども、群馬県で言えば、90年代に大きく躍進してきたのが桐丘から校名変更した桐生第一だった。その集大成的に99年には、悲願の県勢初優勝を果たすのだが、その後2000年代になって、新たに登場して徐々に台頭してきたのが健大高崎だったが、10年を超えたころから一気に躍進してきた。そして、昨夏今春と甲子園でベスト8に進出している。今や、一昨年夏に全国制覇を果たした前橋育英とともに、今や県内を引っ張る存在となっている。
つまり、この試合は言うならば、群馬県内の雄新旧の対決と言ってもいいものである。そんな好カードでもあり、朝早くから多くのファンが行列を作って入場を待っていた。
多くの観衆でいっぱいになったスタンドが見守る中、健大高崎は初回から、爆発的な攻撃力を見せつけた。
二死一塁となったところで、4番柴引 良介君が右前打して一三塁とすると、柘植 世那君も強烈に右方向へ運んでまずは先制。さらに、大島 匡平君も右前打して2者を帰すと、7番佐藤 望君は右線へ三塁打して、この回4点を挙げた。持ち前の機動力を前面に出して、という形ではなくて、鋭く振り抜いていく打線の力で得点を奪い取っていったというものだった。
しかし、健大高崎の持ち味は、走者が塁に出た段階で、相手にプレッシャーを与えていくところにもある。「何か仕掛けてくるのではないか」ということを、相手バッテリーに感じさせていくところから始まっている。そういう意味では、やはり健大高崎野球だったといっていいだろう。
2回にも健大高崎は一死一塁から2番林 賢弥君が中越三塁打し、相馬 優人君もレフトへ大きな犠飛を放ち、この回も2点を追加した。
桐生第一打線を0に抑えた橋詰 直弥君(健大高崎)
たまらず、桐生第一の福田治男監督は3回から、早くも3人目となる須賀君を送り込まざるを得なくなった。しかし、健大高崎の攻撃は衰えない。
4回には四球の走者を相馬君、柴引君の連打で帰し、5回には押し出しで得点を貰った。そして6回、林君と相馬君の短長打で9点目を奪うと、一死満塁で、佐藤望君がこの日自身三本目の安打を放ち、これがコールドの試合を決める決定打となった。
佐藤望君は、一時調子がよくなくてベンチを外れるなど苦しんだ時もあったという、そういう中で、「苦労して自分から這い上がってきたヤツは、やはり試合で使ってみると頑張ります」と、健大高崎の青栁博文監督も評価していた。
また、健大高崎は青栁監督が「最低5回までは持ってほしい」と思って送り出した橋詰 直弥君が必ずしもいい調子ではなかったとはいえ、柘植君のリードにも引っ張られながらきっちりと丁寧に投げた。6安打をされて、2回、3回と三塁まで走者が進められるなど、苦しい場面もあったものの、結果的には桐生第一打戦を0に抑えたのは、評価されていいだろう。
また、甲子園では敗れたとはいえ、準優勝した東海大四を1点に抑えて好投したことも、自信にはなっているであろう。サイドハンドから、スリークォーターにしてみたりと、球威そのものがあるわけではないだけに、投げ方を工夫しながら、自分の投球パターンを作っていかれているようだ。
思わぬコールド勝ちだったが、「一つ間違えたら、この逆もありですからね。4番の柴引に代打してまで、送りに行ったところで送れなかったところなど、反省点もあります」と、慢心と油断が怖いことも3年前にセンバツベスト4となった後に体験している青栁監督は、大勝にも引き締めていた。
5点前後をイメージしていたというゲームプランが崩れた桐生第一の福田監督は、「いい負けっぷりでしたね」と、むしろサバサバしていた。そして、「2回の無死一二塁、一死二三塁を何とかしていれば、また流れも変わったのでしょうけれどもね…」と、悔いていた。そして、改めて、野球の恐ろしさも感じていたようだ。
(文=手束仁)