試合レポート

愛工大名電vs東邦

2012.07.30

跳んで、投げる

 跳んで投げる。
 それが、愛工大名電濱田達郎(3年)の投法だ。右足が着地し、リリースを迎える瞬間は左足が空中に浮いている。外国人の投手によくある投げ方だ。左足で蹴り、前に出ていく力を利用して投げるため、必要不可欠な要素がひとつある。それが、マウンドの傾斜だ。

 

 今大会、濱田は不調だった。
 初戦(3回戦)の中部大一戦は7安打2四球10奪三振2失点。数字は及第点だが、内容はよくなかった。「普通に調子が悪かったです」。本人は言い訳しなかったが、雨でマウンドがぬかるみ、うまく左足の蹴りを使えなかったのも一因だった。
 4回戦の至学館戦は10安打5四死球と乱調。秋の愛知大会準決勝で1安打完封、東海大会準決勝で1安打1失点完投している相手に5点を奪われた。さらに、準々決勝の愛産大工戦では1失点にまとめたものの、8安打7四死球。1点リードで迎えた最終回は二死満塁からあわやサヨナラ安打かというセカンドライナーを打たれるなど、「(打たれた瞬間)これを捕れなかったら引退だろうなと思いました」と一瞬、負けを覚悟する出来だった。

 この不調には大きく二つの理由がある。
 ひとつは、体の開きが早くなっていたこと。下級生時はアウトステップして投げていた濱田だが、走り込みや体幹強化で体が絞れるにつれ、徐々にそれがなくなり、センバツ時にはややインステップするぐらいになっていた。それが、今大会ではかつてのアウトステップに戻ってしまっていた。春に比べれば、2足分、外側に着地するようになっていた。
 もうひとつが、マウンド。至学館戦、愛産大工戦はマウンドの傾斜がない[stadium]小牧市民球場[/stadium]で行われた。実は、大会前に[stadium]小牧市民球場[/stadium]で練習をしたときから、濱田はチームメイトにマウンドの投げにくさをこぼしていた。
「自分の投げ方は独特じゃないですか。小牧は(マウンドが)ほぼ平らなんですよ。傾斜がないと、うまく跳べない。だから、投げにくいですね」
 体の開きは愛産大工戦の途中で「ふとひらめいて」下級生時のときのトルネード投法に変更。本来の姿ではなかったが、最悪の状態はしのいだ。
「ステップ位置がだいぶ(三塁側に)開いていて、これだったらトルネードの方がいいんじゃないかと思いました」

 右肩の開きは、上げた右足を「投げに行く瞬間に、もう一度内側に入れ直す」ことで抑えるようにしたが、マウンドは自分ではどうにもならない。ごまかしながら投球するしかなかった。2試合で12四死球。コントロール抜群だったセンバツの姿とはほど遠かったこともあり、マスコミの厳しい報道にも遭った。中にはしかめっ面をした写真とともに「変だぞ5失点」と見出しをつけたスポーツ紙もあったほどだ。それでも、濱田は大人の対応。淡々と受け答えしていた。それどころか、不調だからこそ新しい考え方ができるようになった。
「前までは先制点を取られないことにこだわりがありました。今は焦らなくなりました。自分の力が出し切れればいいと思うようになりました。少ない点数で抑えて、最終的に勝てばいいだろうと」
 先制点を取られないにこしたことはない。だが、そのイニングだけにフォーカスするのではなく、9イニングトータルで考える。初回に失点したとしても、その後のイニングで踏ん張り、9回3失点以内を目標に投げるようになった。


 試合中でも試行錯誤しながら踏ん張ってきた濱田に、準決勝から、神様は少しだけ濱田の味方をする。
 舞台が[stadium]岡崎市民球場[/stadium]になったのだ。社会人の東海地区都市対抗予選の舞台となることもあり、マウンドの傾斜がしっかりしている球場。これで本来の蹴りができるようになった。
「体重移動というか、体重の(前足への)乗り具合が違いますね」
 準決勝の豊田西戦では初回に145キロを記録。本来のスピードを取り戻すと、決勝の東邦戦の終盤には“これぞBIG3”の一人という投球を見せた。
 2対2の同点で迎えた10回表。一死走者なしで打席に立った濱田は右太ももの外側に死球を受ける。しばらくたちあがれないほど痛がったが、その裏を三者凡退で抑えると、味方が1点を勝ち越してくれた11回裏は圧巻の投球を見せた。七番の鈴木智晴(3年)への3球目にこの大会自身最速となる146キロをマーク。一死一塁からは八番の原田一輝(2年)を144キロの内角ストレートでセカンドハーフライナーに打ち取ると、二死からは代打の高木祥宏(2年)に対し、141、140、143、144と140キロ台を連発。最後は外角のボールになるスライダーでハーフスイングを誘い、試合を締めた。高木への2ストライク目のときは、投げ終わった後に、勢いで身体がくるっと回転。センター方向を向いたほど。他の球場では失われていた躍動感が戻った。
「デッドボールを当てられた時点でムカッときたんです。当てられてからは、『お前らには打たれねぇよ』という感じでガンガンいきました。打たれる気はしなかったし、負ける気もしませんでした」

 クールで冷静に見えるが、心の中は違う。実は、東邦に対し、濱田は燃える想いを持っていた。昨夏の準決勝では12安打5失点。昨秋の名古屋地区大会では13安打6失点、秋の愛知大会決勝では本塁打を浴びるなど6失点。3連勝したものの、濱田自身は打ち込まれていた。
「(昨秋の明治神宮大会、センバツと2度負けている)光星(学院)とやる前に、抑えないといけない相手だった。嫌じゃないですか。勝ったにしても、大量失点して、それが何回も続いてるのに、やらずじまいで終わるのは。それは、自分の中でのプライドが許さなかった」
 東邦は5回戦の安城東戦で9回二死まで2対3とリードされ、最後の打者もライトフライを打ち上げたが、ライトが転倒(記録は三塁打)。そこから逆転するという試合があったが、そのときも、負けなくて残念がるどころか、むしろ喜んだ。
「大会が始まる前から決勝は絶対東邦と自分たちになると思っていた。その通りになりました」
 他力本願ではない。自らの手でライバルを倒してこそ価値がある。ライバルがいるからこそ、やりがいがあるし、燃える。そう考えられるのが濱田なのだ。この日も10安打5四死球と本調子ではなかったが、2失点で粘れたのは、東邦への想いがあったからこそだった。


 延長11回、2時間43分の激闘を制して甲子園を決めたというのに、試合終了の瞬間も喜びを爆発させるチームメイトとは対照的に淡々としていた濱田。感情を出さないのには、もちろん理由がある。
「当たり前と思いたいからです。勝って当たり前、抑えて当たり前。どんなにいい打者が相手でも、抑えて当たり前と思ってる自分がいいというか。表情とかに出さない自分がいいと思いたい。うれしがったら、自分より向こうの方が上って意味ですよね。それが嫌なんです。だから自分は感情を出さない方なのかもしれないです」
 どんなに不調でも、苦しんでも、相手より自分が上。だから抑えて当たり前。それが、濱田流投球美学であり、力を発揮できる要因なのだ。

 濱田が自己最速の147キロを記録したのは岐阜・[stadium]長良川球場[/stadium]。[stadium]岡崎市民球場[/stadium]同様、社会人の大会が行われる他、プロ野球の公式戦でも使用される球場だ。社会人以上のレベルの試合が行われる球場は、マウンドの傾斜がしっかりあるようにつくられている。もちろん、甲子園も――。
「優勝することよりも、光星とやって勝つことしか目標にしてません。光星ともう一回やりたい」
 同じ相手に二度も打たれたまま、負けたままで高校生活を終えるわけにはいかない。
意地とプライドをかけて――。
甲子園でも、跳んで投げる。

(文=田尻賢誉)


追う者、強し

愛知大会決勝は延長11回に及ぶ攻防の末、遠田幸輝(2年)のタイムリーヒットで勝ち越した愛工大名電が勝利を収め、春夏連続の甲子園出場を決めた。

「追う者強し」。9回表、2点ビハインドで迎えた愛工大名電。後がない局面で、倉野光生監督はそう言ってナインを鼓舞した。そしてその言葉どおり、チームは同点に追いついた。

まず先頭の2番中野良紀(2年)がレフト前ヒットで出塁。「ストレートを狙っていた。自分が塁に出ないと(攻撃が)始まらない」と、強気なバッティングで口火を切った。続く佐藤大将(3年)もエンドランを決めて無死一、三塁。凡退したら敗色濃厚となる場面で、平然とヒットを打った両者の姿に、名電戦士の落ち着きとハートの強さが見て取れた。この後、相手投手にワイルドピッチが2つ出て、中野・佐藤がそれぞれホームを駆け抜けた。

愛工大名電が今大会、はじめて「追う者」となったのが、この9回表だったように思う。春はセンバツベスト8まで進み、この夏は勝って当然というムードの中で戦ってきた。もちろん大会中、リードされる場面は何度もあったが、最終的には逆転するだろうという雰囲気が漂っていた。準々決勝の愛産大工戦では1点リードの最終回、二死満塁のピンチに立たされたが、濱田達郎(3年)がなんとか抑えて、形としては逃げ切り勝ち。それが決勝戦の9回表、春の県大会王者・東邦を相手に「やばいぞと思った」(中村雄太朗・3年)ナインがはじめて真に「追う者」となり、その強さを発揮した。

同点に追いついて、エース濱田も一変した。それまでの濱田は球がバラつき、ストライクとボールがはっきりしていた。体が重たそうに映った。だが奇跡的に試合が振り出しに戻って、濱田がふっきれた。延長に入ってからは、捕手の中村が「相手打線がスイングできないぐらいの威力・迫力があった」と言うほどで、ストレートは146キロを計測。投げた後に体が躍るような躍動感も出た。この「ふっきれる」瞬間を、待っていた。

一方、それまで「追う者」の強みで優位に試合を運んでいたのに、一転して守りに入ってしまったのが、9回表の東邦ではなかったか。愛工大名電の中村が「9回表だけは相手バッテリーが明らかに動揺していた」と感じたように、8回までの姿ではなかった。2点リードで、あと3アウトで甲子園。単にそれだけを理由に、百戦錬磨の彼らが平常心を失うとも思えないが、昨夏、昨秋と濱田擁する愛工大名電に敗れ、雪辱を期す「追う者」の立場から「追われる者」に変わった9回表に同点に追いつかれてしまったのは、多少の影響あってのことだろう。

それでも、東邦の戦いぶりは見事だった。先発の丸山泰資(3年)は特に素晴らしかった。かなり腕が振れていて、ピンチでも打者の内角にストレートを投げてゴロで詰まらせた。この日最速143キロ、試合後半になっても球威ある130キロ台後半を続けた。スライダーもキレにキレて低目に集まり、相手打者が体勢を崩して振らされるシーンが目立った。指のかかり、集中力、打者に向かう気迫。全てが完璧だった。打線は甘い球を逃がさず2回裏に鈴木智晴(3年)がタイムリー二塁打、5回裏に松井聖(2年)がセンター前タイムリーを放った。

愛知大会の激闘を制し、愛工大名電が春に続いて甲子園に挑む。同校は夏の甲子園で1988年を最後に白星がなく、倉野監督も夏は未勝利。濱田は「昨秋の神宮大会、さらにセンバツで負けた光星学院(青森)と試合をすることしか考えていない」とリベンジを誓う。優勝候補と目されたセンバツに比べ、むしろこの夏はハングリーな条件が揃う愛工大名電。「追う者」として、夏の全国舞台で暴れ回ってほしい。

(文=尾関雄一朗)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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