作新学院vs倉敷商
攻守に光った石井一成
3日目の第2試合、作新学院対倉敷商戦は寒風吹きすさぶ冷たい雨の中で行われた。私は使い捨てカイロを両肩の下あたりに2つ、両腰に2つ、さらに左右の靴の中に入れ、貼らないカイロ1つもコートのポケットに忍ばせ、6時間あまりネット裏で観戦した。カイロをこれだけ貼り付けても寒さは耐えがたいのに、選手は冷雨に打たれながらプレーを続けていた。センバツは見るほうもやるほうも大変だなと思った。
大会前に私が考えた8強進出チームは、三重、花巻東、健大高崎、作新学院、光星学院、愛工大名電、聖光学院、智弁学園である。予想するときのテーマは「東北と北関東の躍進」。大会前に書いたNumber Web コラム『詳説日本野球研究』にも同じようなことを書いた。
しかし、花巻東が関西の強豪、大阪桐蔭に大敗しているように、東北や北関東のチームにとって難敵なのは名前負けする伝統校、とくに試合運びの巧みな西日本のチームである。この試合の序盤、まさに心配していた通りのことが起こった。
1回表、倉敷商はコントロールの定まらない作新学院のエース、大谷樹弘(右投左打・180/85)から内野安打、左前打、バント安打をつらね、いきなり無死満塁のチャンスを迎え、4番打者の併殺崩れの間に先制点を挙げる。2回表には右前打、死球、2つの暴投で1点加え、さらに8番打者の中前打で3点目を入れる。
冷たい雨は相変わらず甲子園球場に激しく降りつのっている。水はけのいいグラウンドにはうっすらと水が浮き、マウンドの足元はぬかるんで、大谷はいかにも投げにくそうだった。結果論になるが、倉敷商は大谷のコントロールが一定しないこの1、2回にもっと効率的な攻めで点を取っておくべきだった。
倉敷商のエース、西隆聖(右投右打・174/63)は“ドラフト候補”とか“プロ注”というタイプの選手ではないが、作新学院の各打者はいかにも打ちにくそうにしていた。公式ガイドブックに「7種類の変化球を操る」と書かれているように、ストレートは数えるほどしか投げてこない。ただ、投げた瞬間に変化球だとわかるようなブレーキング系のボールではなく、ストレートの軌道で小さく落ちたり曲がったりするボールを多投していた。
この変化球に上位打線はなかなか快音を響かせられない。対応したのはむしろ下位打線のほうだ。
逆転した2回裏は、先頭の6番山下勇斗(2年・捕手・右投右打・171/73)の二塁打のあと7番の布瀬恭平(右翼手・右投右打・178/72)が中前打で続き、ここから8、9番がチャンスを広げて上位打線につなぎ4点をもぎ取った。3、7回は8番浅野壮也(二塁手・右投右打・170/65)のタイムリーで加点というように、この日の勝因には下位打線の奮起を挙げないわけにはいかない。
それでも、この試合で注目選手を1人挙げろと言われれば3番の石井一成(遊撃手・右投左打・179/73)の名前を出す。2回の2点タイムリー内野安打はタイミング的には完全にアウト。ただ、足元が悪い中、一塁到達4.29秒の俊足で突進してくる石井を見て、カバーリングに入った西は一塁手からの送球に目線を切ったのか、落球してしまう。「エラー」と記録していいプレーだが、石井の俊足が誘った落球なのでヒットは妥当な判断だと思う。
守りでもいいところを見せた。1回無死満塁の場面で、4番岡田聖司(一塁手・右投右打・175/84)が放った二遊間へのゴロを華麗なフィールディングで捕球すると、自分で二塁ベースを踏んでから安定したスローイングで一塁に送球し、併殺を完成させているのだ。うまいなあ、と思わず声が出た。
2日目に登場した九州学院の溝脇隼人(遊撃手)とくらべると、足の速さ、守備の動きでまだ一歩及ばないが、打つタイミングが性急な溝脇にくらべると、石井は自分のタイミングで待てる分、緩急の攻めに対応できる柔軟さがある。今大会中、どこまで溝脇に迫ることができるか非常に楽しみである。
(文=小関順二)