鳴門vs高知
決勝戦で高知の先発マスクを被った股川涼有(1年)
「秋季地区大会決勝戦」の戦い方を示した両チーム
「秋季地区大会決勝戦」。この試合にどのようなモチベーションを持って戦うかは、東西南北問わずチームにとって非常に難しい命題だ。その理由はいくつかあげられるが、一番の理由は優勝しないとセンバツへの青信号が灯らない北海道地区や東京都大会を除けば、ほぼセンバツ切符を手にした状況でこの一戦を迎えるということである。
もちろん優勝すれば全国各地の秋季地区大会王者とあいまみえる「明治神宮野球大会・高校の部」出場切符が手に入るとはいうものの、決勝戦はほぼ例外なく準決勝からの連戦。そんな中で特にスタメンの選手たちに準決勝と同じコンディションとテンション、そして試合内容のクオリティを求めるのは、いくら精神的な要素が大人より大きな部分を占める高校球児といえども、いささか酷な話である。昨年の秋季四国大会決勝戦(明徳義塾15対1香川西(2010年10月31日))に代表されるように例年、概して地区大会決勝戦が大味な展開となりがちなのも、このようなシステムが密接に関連しているからではないだろうか。
ただし、今年の秋季四国大会決勝戦に限って言えば、そのような懸念を抱く必要は一切なかった。なぜか。それは両指揮官がこれまでベンチスタートだった選手たちにチャンスを与え、同時にレギュラー陣を発奮させる心憎い采配を随所に見せたからである。
まず高知の島田達二監督は、基本的には準決勝のスタメンを踏襲しながらも、「9番・捕手」には高知県大会では小松朋裕(2年)と激しく正捕手争いを演じていた股川涼有(1年)を抜擢。さらに試合序盤からの積極的な代打起用、市川豪、坂本優太の1年生投手リレーの間に左腕・田頭翼(2年)を挟むなど、明徳義塾越えを果たしたベンチ内の安堵感を戒める采配を貫いた。
鳴門先発・小林直人(2年)
それに応え、選手たちも集中力を持ってゲームに臨んでいた。特に1点ビハインドの9回表・2死2塁から3番・岡崎賢也(2年)が起死回生の同点打を放ったのがその象徴的なシーン。過去には事あるごとに「ひ弱さ」が指摘されていた高知であるが、「このままではセンバツではダメということころもある一方で、ここまでできたのは大きい」(島田監督)心の強さを引き出せたことは、今後に向けて大きな収穫だったと言えるだろう。
ただし、鳴門・森脇稔監督の采配は島田監督以上に大胆であった。まず先発マウンドに送り出したのは徳島県大会では決勝戦を含む3試合に登板し、23回を投げて防御率0・39を誇りながら、四国大会では後藤田崇作(2年)に主戦の座を奪われた最速135キロ右腕・小林直人(2年)。ちなみに小林はこれが今大会初登板である。
はたして、この賭けは吉と出る。初回は1番・堀尾茅(2年)の三塁打に続き、2番・土居裕岳(2年)に適時打を浴び、4回表にも味方の失策絡みで2点を失った小林であったが、その他の回では「エースナンバーを奪い返したい」想いのたけを表わす粘投。
これにより、かねてから「安定感があるし、ボールのキレもいい」と小林を評価していた指揮官の認識レベルも「徳島県では通用」から「四国でも通用」へ跳ね上がったことは間違いない。
そんな小林をリードした選手も全くの想定外。というのもこの日、スタメンマスクを被ったのは右肩の状態が思わしくなかった丸宮太雅(2年)に変わり、県大会含めはじめて出場機会を与えられた日下大輝(1年)だったからだ。
42年ぶり3度目の秋季四国大会優勝に喜ぶ鳴門の選手たち
ところが、日下の起用は結果的に大吉を呼んだ。まず本業のリード面では「試合前には変化球が弱い印象があった」高知打線と対峙し「配給の未熟さを感じ」ながらも、小林との共同作業で前日12安打7点を奪った高知打線を8安打4点に封じることに成功。「外角高めを打たれてしまった。カーブを投げたらよかった」と、9回表・岡崎に喫した同点打には反省しきりの日下だったが、1回裏には5番・大和平(2年)の逆転2点適時打。2回には3番・稲岡賢太(1年)の適時打。そして5回には巧妙なダブルスチールを絡めノーヒットで1点を奪った打線の援護に対し、最終回まで同点まで留めた功績はとりわけ称えられるべきであろう。
そして4対4で迎えた9回裏。「試合ではいつもブルペンで小林のボールを受けていたので、やってやると思っていた」代打・水主寛(2年)の安打で広がった1死満塁のチャンスで打席に立った日下は、坂本が投じた初球の外角真っ直ぐに対し逆らわずライトへ。ボールが芝生に弾んだ瞬間、彼は実に42年ぶり3度目の鳴門・秋季四国大会優勝、同時にまだ出場権が四国各県秋季大会優勝校の持ち回りだった1979年(昭和59年)の第10回大会(準優勝)以来、32年ぶり2度目の神宮行きを決めるヒーローになったのである・・・。
勝ち進めばこその贅沢な悩みながら、多くの強豪が必ずぶち当たる「秋季地区大会決勝戦」の戦い方。たが、努力を続ける選手の状態を指導者が見極め、ベストの状態で起用すれば、脇役とされていた選手が主役になれる日があること。そんなドラマが2時間14分の間に起こったスリリングな決勝戦は、その悩みを打開する模範となるべき、実に素晴らしい闘いであった。
(文=寺下友徳)