市立岐阜商vs県立岐阜商
優勝した市岐阜商ナイン
岐阜商対決制した市岐阜商、37年ぶりの優勝
岐阜県大会の決勝は、県立と市立の岐阜商同士の対決となった。
県岐阜商は2年ぶり29回目、市岐阜商は20年ぶり5回回目の決勝進出だった。
市岐阜商は本格派左腕の秋田千一郎君に注目が集まっているが、この日の先発は背番号10をつけた大西君だった。これは、父親でもある秋田和哉監督が、「勝負は後半になると思っていましたから、とにかく大西には1巡りを抑えてほしいと考えていました。千一郎は、3回からいくということにしていましたから、そこまでをきっちりと大西が抑えてくれたことも大きかった」と考えていたように、ロースコアでの後半勝負の展開となった。
一方の県岐阜商の藤後君も安定した投球で、タテのスライダーが厳しいコースにきっちりと決まっており、試合は、予想通りの投手戦となっていった。
7回を終わって、両チームともに5安打。ともに、無死で走者を出すことも3度と、まさに互角の戦いとなっていた。
どちらが、どのようにして1点をもぎ取っていくのかということが、試合展開としても大きく左右するだろうという、まさに1点勝負の試合となった。
それだけに、攻守両面において、記録として表れるか否かは別にして、細かなミスが、そのまま明暗を分けてしまうのではないかと、そんな気配が濃厚になってきた。あるいは、ちょっとした運不運も、試合の流れを左右するのではないかという感じだった。
そんな中での8回。市岐阜商は1死から2番高垣君の当たりは遊撃への少し深い飛球かという感じだったが、県岐阜商の野手が芝生との境目で足を取られるような恰好になって転倒してしまい、記録としては安打となった。続く井尾君は三遊間を鋭く破って一二塁とする。勝負を賭けたい市岐阜商は4番の秋田君のところでラン&ヒットを仕掛けるが、それに応えて秋田君自身が右前へ快打。二塁から高垣君が生還してこれが決勝点となった。市岐阜商としては欲しかった1点がやっと入った。
反撃したい県岐阜商は、その裏先頭の2番長男君が四球を選ぶと、松尾君も右前打して一二塁として、その後、1死二三塁となると田中君はいくらか敬遠気味の四球で満塁。ここで、一本出れば、展開はまったく分からなくなっていく場面だったが、藤井君の一打は県岐阜商にとっては最悪の投ゴロで、市岐阜商としてみれば1~2~3という願ってもいない形の併殺となった。
秋田君(市立岐阜商)
こうして、岐阜商決戦は、市立岐阜商が制して、秋季大会では37年ぶりの優勝を手にすることになった。秋田投手がいるということもあって、手ごたえを感じていた秋田監督は、新チームがスタートした段階で、「この秋の大会を獲れば、37年ぶりの優勝になる」ということは、最初から伝えていたという。それだけ、選手たちの意識も高めていこうということなのだろうが、選手たちもそれに十分に応えた。
戦い方としても、相手にサインを読まれていると感じたら、バントでも打っていっていいという、「アドリブOK」という指示を徹底していた。結果的には、8回の1点のみで、それを何とか守りきっていくという形になったのだが、それでも選手たちはそれぞれの持ち味を十分に出し切ったと言っていいだろう。
ただ、東海大会に関しては秋田監督も、「これから1カ月ありますから、もっと得点力を上げていかないと、もう一つ上の舞台を目指して勝っていくことはできないでしょう」と、引き締めていた。
1点の壁に泣いた県岐阜商は、藤田明宏監督は、「課題の多い試合でした。4度も無死での走者が出ていながら、攻めきれなかったことがすべてで
す。チャンスで回ってきても、そこで打てないのではどうしようもないです。それに、8回の好機にもサインミスが2つありまた。これでは勝てません」と、記録には表れないミスが出ていたことに対して厳しかった。
タテのスライダーが鋭く、結果的には1失点のみに抑えていた藤後君は好投したといっていいのだろうが、藤田監督としては満足していなかった。「これから(東海大会までは)1カ月ありますから、県代表として恥ずかしくない試合をできるように、もう一度作りなおします」と、県を代表する名門校として東海大会への思いを込めていた。
(文=手束仁)