試合レポート

智辯和歌山vs白樺学園

2011.08.15

両者の力がぶつかり合った好ゲーム

 智弁和歌山といえば先攻。
これが、戦い方の定番になっている。90年代後半、打撃のチームとして甲子園の上位に定着してからの伝統だ。
初回から鋭いスイングと打球で相手をビビらせることもあれば、いきなりの猛攻で戦意を喪失させることもある。
勝っても負けても必ず9イニング攻撃する。
1回表の『アフリカンマーチ』が戦闘開始の合図。それが智弁和歌山なのだ。

ところが、この日はキャプテンの中村恒星がじゃんけんに負けて後攻。白樺学園に先攻を奪われた。勝って先攻を選択した白樺の主将・多田啓佑はその意図をこう説明する。
「春から今までずっと先攻でやってきたので。自分たちは打撃のチーム。先制点を取って、リズムを作るのが白樺野球です」

大内康至部長もこう言った。
「指導者はあまり意識していないんですけど、子供たちが先攻を取りたがるんです。先攻を取れた時点で流れがつかめたかなと思いました」

智弁和歌山の戦い方を崩そうとしたわけではなかったが、結果として、これが智弁のいつものリズムを狂わせた。プレーボールのサイレンが鳴っているときにマウンドに立ったのは初めてという先発・上野山奨真がいきなり先頭の佐藤優太に右中間突破の三塁打を浴びる。
「いきなり打たれてヤバいと思いました」(上野山)
「戦いが違いましたね。いきなりノーアウトから打たれて、押されてる感覚で入った。いつもは先攻で相手をビビらせることができるので守りやすいんですけど、今日は『守ったらなアカン』と思いました」(ショート・小笠原知弘

ある程度点は取れると踏んで、エースの青木勇人ではなく上野山を先発に送ったはずが、初回の無死三塁から1点もやらない前進守備を敷いた。小笠原はかなり浅め。いつもは自分たちがやるべき攻撃を相手にやられる。平常心ではなかった証拠だ。上野山が踏ん張り、ゼロで乗り切ったのが救いだった。


だが、ピンチの後にチャンスあり。
その裏、2四球でもらった1死一、二塁から道端俊輔の左中間二塁打で先制点を挙げると、4、6回にも追加点を挙げて5対1。試合が始まったら先攻、後攻は関係ないとばかりに優位に試合を進めたが、7回に落とし穴が待っていた。1死一塁からエンドランを決められ、一、三塁。ここで高嶋仁監督は古田恭平をマウンドに送ったが、背番号11の3年生右腕は死球で満塁とした後、小林航に満塁本塁打を浴びてあっというまに試合をふりだしに戻された。
さらに8回、古田が先頭の佐々木駿に勝ち越しの本塁打を打たれて逆転を許す。
強打のお株を奪われる豪快な本塁打攻勢に本来の姿を見失っていた。

あと6人。戦うリズムは悪いが、甲子園の雰囲気が智弁和歌山が負けることを許さない。
1死から川崎晃佑のショートゴロが悪送球を誘って1死二塁の好機をつかむと、『サンバ・デジャネイロ』が流れていたアルプスからは、5回と終盤のチャンスでしか流れない『Jock Rock』の演奏が始まる。

2006年夏の主将で一番打者だった古宮克人コーチが「応援曲の中でもテンポが一番早いので、いけるぞという雰囲気になる」と言えば、小笠原も「あれがかかると『きたな』という感じになる」と言う特別な音楽。この曲に乗せられ、途中出場でこの夏甲子園初打席の中村が左中間に同点適時二塁打を放った。

そして、10回。2死二塁からセンターの前にポトリと落ちる不運な二塁打で逆転を許すが、甲子園はまだ智弁和歌山の夏を終わらせない。背番号7ながら、控えにまわってもくさらずチームをまとめてきた中村がセンター前安打で出塁。
ここで再びアルプスは『Jock Rock』を奏でる。1死から宮川祐輝がレフト線へ二塁打して同点。平岡志大が敬遠で一、二塁となった後、小笠原のサード前へのセーフティーバントが相手の悪送球を誘って中村がサヨナラのホームを踏んだ。
「(中村)恒星が打つまではわからなかったんですけど、打ってからは負ける気はしませんでした。センバツで失敗ばかりだったバントも、できる雰囲気がしました」(小笠原)


甲子園は不思議な空間だ。常連校には特別な雰囲気が生まれる。
智弁和歌山のように一時代を築いたチームには特に。まさか智弁和歌山が北海道のチームには負けないだろうという空気がある。

2年前、札幌第一と対戦したときもそうだった。6回まで2対5とリードされたが、7回にエラーを呼んで1点差。最終回には、攻撃前の円陣が解けるとともに拍手が起き、逆転の雰囲気を作り出して4得点。このときは先攻だったが、終盤、劣勢になるとスタンドが後押しした。

思い返せば、古宮コーチが3年生だった06年夏の帝京戦も先攻での大熱戦だった。
「あのときも、後攻でリズムが悪かったんですよね。なんか、受け身みたいな」(古宮コーチ)

8回まで8対4とリードするも、9回表に投手陣が6連打を浴びて一挙8失点。その裏に橋本良平が意地の3ランで1点差とすると、最後は押し出し四球。13対12でサヨナラ勝ちした。アルプスからの『Jock Rock』とスタンドの雰囲気でひっくり返したのは5年前も同じ。
優勝した00年も、準々決勝で好投手・香月良太(オリックス)のいた柳川8回表まで2対6とリードされたが、8回裏に武内晋一(ヤクルト)のソロ、山野純平の3ランの2本塁打で同点。延長11回の末にサヨナラ勝ちした。

先攻で先制パンチを食らわせ、逃げ切る。それが智弁和歌山。
後攻でリズムが狂うのは間違いない。
ところが、後攻でも、もつれれば不思議な力が生まれる。
これが、伝統の力であり、スタンドの雰囲気を作る常連校の力。

「後攻だと変な試合になりますね」と水を向けると「そんなこと言わんといてよ」と苦笑いした高嶋監督は、続けてこう言った。
「向こうは接戦になると思ってなかったんじゃないかな。慌てたね」
慌てさせたのは間違いなく甲子園の雰囲気、見えない力。なぜか後攻だともつれる智弁和歌山。
何かが起こる後攻の智弁和歌山。
それでも負けない不思議な力、伝統の力を思い知らされる試合だった。

(文=田尻賢誉)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.04.27

【京都】龍谷大平安、京都成章、北嵯峨などが2次戦進出戦に挑む<春季大会>

2024.04.27

【大阪】3回戦は28日に大阪桐蔭、履正社が登場、29日には上宮-関西創価など<春季大会>

2024.04.27

横浜に入学した「スーパー1年生5人衆」に注目せよ! 佐々木朗希二世、中学日本代表の二刀流など明日の慶應戦で活躍なるか!?

2024.04.27

【滋賀】シードの滋賀学園、彦根総合が登場<春季県大会>

2024.04.27

【広島】広陵は瀬戸内と、広島商は崇徳と夏のシードをかけて激突<春季県大会>

2024.04.23

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.23

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.24

春の埼玉大会は「逸材のショーケース」!ドラフト上位候補に挙がる大型遊撃手を擁する花咲徳栄、タレント揃いの浦和学院など県大会に出場する逸材たち!【春季埼玉大会注目選手リスト】

2024.04.22

【和歌山】智辯和歌山、田辺、和歌山東がベスト8入り<春季大会>

2024.04.22

【九州】神村学園、明豊のセンバツ組が勝利、佐賀北は春日に競り勝つ<春季地区大会>

2024.04.23

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.23

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.05

早稲田大にU-18日本代表3名が加入! 仙台育英、日大三、山梨学院、早大学院の主力や元プロの子息も!

2024.04.02

【東京】日大三、堀越がコールド発進、駒大高はサヨナラ勝ち<春季都大会>

2024.04.12

東大野球部の新入生に甲子園ベスト4左腕! 早実出身内野手は司法試験予備試験合格の秀才!