横浜vs健大高崎
本当の走力とは
打った瞬間、塁間の半分近くまで進んでいた。
10回裏、横浜の攻撃。2死一、二塁とサヨナラの好機を迎えて、二塁走者の伊達直紀は「全部ホームを突くつもりでした。絶対還ってやろうと思っていた」。安打一本で100パーセント本塁へ突入できるよう、大きめのリードに加え、第二リードまで大きく取っていた。
横浜には、走者に明確な基準がある。
二塁走者なら、「第二リードは8メートル」。どの選手が試合に出ても、これだけはクリアできるように練習する。走塁練習は毎日。一本打撃など、実戦練習の中で走者を務めて練習する。
健大高崎の投手は左の横手投げの片貝亜斗夢。183㌢、73㌔と大柄でモーションが大きいため、伊達は「第二リードをいつもより大きめに取りました。あのピッチャーは出やすかったので」。通常の8メートルよりも2、3メートル大きく取るようにした。
そして、高橋亮謙への2球目。打つと同時に伊達が飛び出す。
高橋が「ショートゴロだと思った」という三遊間への打球に「抜けると思いました」と迷いはなかった。「打った瞬間、ちょっと遅れたんですけど」と言いながら、50メートル5秒9の俊足でグングン加速。無駄なふくらみのない最高のベースランニングを見せた。楽々セーフのタイミングだったが、ヘッドスライディングでサヨナラのホームに飛び込んだ。
「足は自信があります。足も合った(ベースとの歩幅)し、うまく回れました」
二塁から本塁までのタイム(インパクトからホームを踏むまで)は驚異の6秒28。
速すぎて、一瞬、計り間違えかと思うほどのスピードだった。伊達は4回の1死二塁でも、乙坂智のライト前安打で二塁から6秒71でホームイン。甲子園レベルでのセーフ基準である7秒以内を楽々とクリアしている。
一方の健大高崎も9回に同じような状況があった。
2死二塁で二塁走者の長坂拳弥は、宇野遼介のレフト前安打で一気に本塁を狙った。レフト正面へのゴロではあったが、長坂は本塁で悠々タッチアウト。勝ち越し機を逃した。
長坂は50メートル6秒8。遅くはないが、伊達とはスピードの差がある。
そこは考慮しなければならないが、長坂の方が有利な条件があった。それは、2死でカウントが3-2だったこと。球筋が見える二塁走者だけに“ストライク・ゴー”ができる。ストライクかどうかの見極めが困難な微妙なコースだったとしても、“スイング・ゴー”はできる。カウント1-0のため打った瞬間からのスタートになる伊達に比べ、早くスタートを切ることができる。
長坂は「それは意識していました。スタート、ベースランニング、コーナーリングは悪くなかった」と言ったが、二塁から本塁までのタイムは6秒95。7秒以内の基準はクリアしているが、2死2ストライクからのタイムとしては物足りない数字。もっとも生還しにくいレフト前への当たりでは、還ることは難しかった。
足の速さという大きな差はあるが、有利な条件がそろっていた長坂が本人も納得するベースランニングをして、なぜこれだけの差ができてしまうのか。
それは、リードの幅。第二リードの幅に尽きる。他のチームも含め、今大会は二塁走者のリードの小ささが目立つ。一塁コーチャーズボックスの本塁寄りのラインの延長戦上ぐらいを目安にリードしてもらいたいところだが、その半分程度しかリードしていない走者もいる。第一リードがそれだけ小さければ、横浜のように第二リードで8メートル出ることは難しい。
二塁からシングルヒットで本塁に還る、1本の安打で1点を取るのが勝てるチームの条件。
その意味で、第二リード幅の基準を設定して練習している横浜はさすがだった。
松坂大輔、涌井秀章、筒香嘉智ら毎年のようにスター選手を擁してきた横浜。
スター不在の選手たちに以前のような力はないが、やるべきことはやっている。地方大会で6試合28盗塁の健大高崎と7試合で7盗塁の横浜。圧倒的な差があるが、盗塁数だけが走力ではない。
本当の走力とは、ここ一番での走塁のこと。土壇場で最高の走塁を見せた横浜が、名門の底力で勝利をもぎ取った。
(文=田尻賢誉)