試合レポート

如水館vs関商工

2011.08.09

全国で上位を目指す為に

 何度、この光景を見せられただろう。
走者一、三塁での一塁走者の盗塁。走者が普通にスタートするのはもちろん、挟まれようとわざとスタートを遅らせても、捕手は投げることすらできない。むやみに投げれば、その間に三塁走者の生還を許してしまうからだ。ときには、歩くように二塁に到達する一塁走者を見送るだけの“フリーパス状態”。県大会レベルだけではなく、甲子園でも頻繁に目にする機会がある。

無死や1死で二、三塁になれば、内野は前進守備を取ることが多い。当然のことながら、ヒットゾーンは広がる。打力のあるチームなら打球は強く、速い。必然的に正面のゴロでもはじく可能性が高くなる。ゆえに、強豪相手に二、三塁を簡単に作られるチームは勝てない。ビッグイニングを作られてしまうからだ。

その意味で、関商工守備陣は鍛えられていた。二度、そのケースで刺したのだ。
一度目は初回、同点に追いつかれ、なおも2死一、三塁の場面。一塁走者の宇田友洋がスタートすると、捕手の前澤陽一は躊躇なく二塁へ送球。宇田をアウトにした。
二度目は2対2で迎えた7回無死一、三塁。カウント1-2(ボールが先)から走った一塁走者の佐藤直哉を好送球で刺している(打者は見逃し三振で併殺)。
特に7回は、終盤で無死と苦しい場面。ベンチに戻ってきた前澤を、北川英治監督が思わず帽子を取って迎えるほど大きなプレーだった。
「一、三塁は高校野球の一番大事なところ。くり返し練習してきました。予選ではウチに対して走ってくるところがなかったんですが、甲子園ではやっぱりきましたね」(北川監督)

毎日のように走者をつけて練習した。だからこそ、選手たちも自信があった。
「殺してやるという強い気持ちでいたので、走ってくれと思っていました。高いボールはダメ。とにかく低いボールを投げることだけを意識していました。低ければセカンドがカットできますから」(前澤)

高ければ、投手も二塁手もカットできないため、その瞬間に三塁走者にスタートを切られてしまう。最低限、失点はしないように低い送球を投げることだけを心がけた。その結果が、気負いをなくし、好送球につながった。
捕手の肩が弱すぎればどうしようもないが、そうでなければ、くり返し練習することで“フリーパス”を防ぐことができる。何ができて、何ができないか。何をするべきか。それさえ明確になっていれば、毎日の練習でチームは確実に変わる。



 この他にも、関商工は好守備を連発した。
初回には1死一、二塁から右前にヒットを打たれたが、ライトからの返球を受けたファーストの長田龍也は本塁ではなく、三塁に送球。一塁走者をアウトにした。4回にも1死一塁からエンドランを決められたが(ライト前安打)、ライト→セカンド→捕手と見事な中継プレーで一気に本塁を狙った俊足の一塁走者を間一髪で刺した。
6、10、11回には、いずれも1死一塁から内野ゴロを打たせて併殺でピンチ脱出。
12回2死一、三塁のサヨナラのピンチでは三塁線のゴロを処理したサードの小松道和が、冷静にワンバウンド送球で打者走者を殺した。

「足の速いランナーを想定して、普段からストップウォッチを使って4秒以内で処理する練習をしてきました。タイムはだいたい感覚がある。無理に投げると暴投になりやすいので、ワンバンで投げました」(小松)

 ちなみに練習での目標タイムは、内野ゴロは俊足選手を想定して4秒以内。外野からのバックホームは甲子園レベルを想定して6秒50以内だ。
12回1死一、二塁のセカンドゴロで二塁手からの送球を受けたショートの加藤新次が一塁ではなく、オーバーランを狙って三塁へ送球したのも、タイムが体内時計にあるから。
「一塁は間に合わないと思いました。間に合わないなら、(三塁走者は)オーバーランをしてるだろうと」(加藤)
セーフにはなったが、あわやタッチアウトかという素晴らしい判断だった。

実は、関商工は試合前のノックでもストップウォッチを使用している。30分間の甲子園練習をしたとはいえ、普段とは違う広さ、感覚のグランド。外野がどの位置からどんな送球をすれば何秒ぐらいかかるのか。
これをわからせるため、外野から送球が返ってくるたびに、記録員がベンチから大声で「今のは○秒」と指示していた。練習はもちろん、試合前にも準備と確認をしていたのだ。



しっかりとした準備ができていたのは、他にもある。
9回2死二塁のサヨナラのピンチでは、外野はバックホームに備えて前進守備。
内野は守備範囲を広くするため深めに守った。12回2死一、三塁でも打席に強打ながら足が遅い金尾元樹を迎えて、セカンドはほぼ芝生との切れ目あたりまで深い守備位置をとっていた。
また、12回無死一、二塁の場面では、送りバントに備えてファーストがかなり前に守るバントシフト。カウント2-2でヒッティングの可能性が出ると通常の守備位置に戻し、打者が5球目をバントの構えで見送ると(ボール)、次の投球では再びバントシフトを敷くなど、1球ごとに守備位置を変えていた。

甲子園2連覇を達成したあの駒大苫小牧・香田誉士史元監督でもそうだったように、初出場の監督は守備位置を指示する余裕がないことが多い。
特にベンチから見えにくい外野の守備位置はそれが顕著に表れる。内野を深めに守らせながら、外野は前に来させるあたり、サヨナラのピンチでも北川監督は冷静だった。
これだけではない。投手の安江はセカンドゴロはもちろん、走者のいない場面のショートゴロでも、投げ終わると同時にファールグランドへダッシュ。悪送球に備えてカバーに走っていた。このカバーをするのは、今大会では花巻東と2校だけだ(第3日終了時点)。
やるべきこと、万が一への備えは十分にできていた。

だからこその、好守備。
だからこその好ゲーム。

岐阜県内で北川監督は“ミスター善戦”の異名をとる。力のないチームでも、毎年、強豪相手に接戦を展開するからだ。北川監督にとってはありがたくないニックネームだが、裏を返せば、投手が大崩れしない限り、こういうことをしっかりやっていけば試合は壊れないということ。無駄な失点を防いでいけば、試合は作れるということ。細かく指導している表れでもある。
この試合は、「弱者が先制しないと相手が慌てない」と先攻を取って先制するというプランも描いていた。その通りの展開だった。



 2年連続センバツ出場の大垣日大を6対5で破るなど、県内では“ミスター善戦”を返上し、甲子園にたどりついた。甲子園でものびのびと自分たちの野球を展開したが、善戦止まり。勝ちきれなかった。試合後、北川監督はこんな感想を口にした。
「甲子園と地方予選の紙一重は違いますね」

スコア以上の差を感じていた。
では、その紙一重とは何なのか。これは、敵将の如水館・百戦錬磨の72歳・迫田穆成監督の言葉が表している。

「向こうは細かいことをしているから、余裕がないように見えましたね」
北川監督がベンチから1球1球指示を出し、それによって動くことの多かった関商工。迫田監督の目にはそれが余裕がないように映ったのだ。

如水館はほとんどベンチからの指示はなかった。
迫田監督は、「この試合だけを勝つことは考えていない」とあえて細かい指示も、サインも出さなかった。全国で上位を目指すため、選手に考えさせ、自分で動けることを期待しているからだ。公立と私立。練習時間の差。選手の質。環境の違いは多いため、すべて同じようにはできない。だが、目指すべきところはそこだ。

素晴らしい指導で甲子園まで導いた北川監督。大舞台でも、最高の試合を見せた。甲子園で見えた新たな壁を打ち破るため、“ミスター善戦”から脱出するため、さらなる飛躍を期待したい。

(文=田尻賢誉)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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