試合レポート

智辯学園vs奈良

2011.07.27

3年間の想いを貫いた勇猛果敢な奈良の野球

 下を向いてはいなかった。

 
スコアは1-9。7回コールドで決した試合だったが、敗者・奈良は試合が終わっても、前を向いていた。
奈良県随一の進学校・奈良と強豪私学・智弁学園との対戦は、試合こそ、下馬評通りの展開になったが、勇猛果敢に立ち向かった奈良の戦いぶりに心打たれた。

「3年生の意地を見せたい。智弁学園は2年生のバッテリーがいますけど、1年練習している分、負けていないはずですから。うちはメンバーの20人をオール3年生で組んでいますので、3年間でぶつかっていきたい」

奈良・吉村監督は智弁学園との対戦が決まると、そう口にしていたのである。能力差は百も承知だが、自チームにだって意地がある。メンバーを3年生全員で組んだ力を見せつけたいと指揮官は思っていたのだ。

その指揮官の想いは、オーダーからも見て取れた。故障で戦列を離れていた主将の浜地をメンバーに復帰させ、打順も不動の3番だった岩名を6番に下げ、上位打線に足の速いランナーをおいたのだ。

 「上位の脚でかき回し、数少ないチャンスをものにする」。
奈良は智弁学園に対し、立ち向かっていくことにしたのだ。


 試合は、智弁学園が終始、ペースを握った。
1回表の奈良の攻撃を3者連続三振で切ると、その裏、1死・1、3塁から併殺崩れで1点を先制。2回の裏には、失策を皮きりに8番・小野が右中間を破る二塁打でつなぐと、9番・住谷がスクイズを決める。続く1番・浦野が左翼前適時打を放ち、2点を加えた。3回裏には3番・青山が右翼スタンドへ本塁打。4番・大西、5番・中道でつかんだチャンスから犠打でつないで、横浜の犠牲フライで1点を加えた。

 3回を終わって、5-0と智弁学園がリードし、奈良は智弁学園の先発・小野に完全に抑えられていた。完敗ペースで付け入るすきを与えてもらっていなかったのだ。
それが5回表、先頭の4番・新が死球を受けて出塁すると、2球目に二盗。これが見事に決まると、犠打で三進。二死を取られるも、7番・寺井のところで、捕逸があり、奈良が1点を返したのである。

相手バッテリエラーからの1点とはいえ、初めて出た走者を、すかさず盗塁で攻める姿勢は、彼らの勇敢ぶりを見たものである。試合前からの指揮官の想いが伝わる攻撃だった。
その裏、4連打と犠牲フライなどでさらに3失点。試合はさらに、完敗ペースへと持ち込まれて行くのが、それでも、奈良は決して諦めなかった。
1-8で迎えた6回表には、2死から3番・松並が右翼前安打で出塁すると、二球目に盗塁を敢行。これが、また決まった。智弁学園は個々に能力がありながら、送りバントという正攻法で攻撃を進めていたから、なおさら奈良の攻撃が勇敢に見えた。得点にならなかったとはいえ、彼らの精神性の強さは伝わってくるものがあった。


 6回裏、智弁学園は1点を追加。試合は7回コールドで決したが、彼らは最後まで諦めず戦い抜いた。そして、試合後も涙がなかった。
取材ブースに表れた吉村監督は晴れ晴れとした表情で、こう話したものである。
「僕らが智弁と戦うには、ランナーが出て、普通に送って1本を待つ野球じゃ話にならないので、積極的に行くしかないと思っていた。盗塁は二つとも決まりましたし、良い戦いはできた。相手が公立だから元気が出て、私学だと元気がなくなるような、相手チームがどことやっているか分かる野球はしたくなかった。子供らは智弁と当たっても、名前負けをすることなく、一生懸命戦ってくれた。オール3年生で臨んだチームでしたから、3年間で勝負することができたのが良かったです。高校野球の原点を見せられたかなと思います」。

ヒット数はたったの2安打で、12三振も喫した。数字だけを見れば完敗だったかもしれないが、挑み続けた彼らの野球は決して数字だけが物語ってはいない。
涙なく引き揚げてきた主将・浜地の言葉も印象的だった。
「相手は智弁でしたけど、相手に関係なく自分たちの野球ができた。ベンチのムードは負けているような感じじゃなかったし、最後まで下がらずに野球ができたと思います。グラウンドに立って思ったのは、スタンドを見るとたくさんの人が応援してくれていた。3年間、僕らはこんなにたくさんの人たちからサポートをもらって野球をしていたのだなと、気づきました。長い期間、野球をやらせてもらって感謝です」

 奈良は県下随一の進学校だ。高校野球の世界ではここで大敗したが、人生はここで終わりではない。むしろ、これからの人生の方が彼らにとって大事なるはずだ。それは、どのチームも同じなのだが、これからの日本を背負って立つ存在になるであろう彼らが見せた勇敢な姿は、この先の日本の灯になるはずだ。

ある高校野球連盟の理事がつぶやいていた。
奈良はええチームやったな。差は開いたけど、ここまで来たのが伝わってくるチームだった」。

(文=氏原英明

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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