試合レポート

川崎工科vs横浜隼人

2011.07.18

“奇跡のポテンヒット“

“奇跡のポテンヒット“を打て――。
横浜隼人・水谷哲也監督が常日頃から選手たちに言い聞かせている言葉だ。

その理由は、「ウチは力でねじ伏せられないから」。東海大相模横浜、慶応義塾といった県内のライバル校は全国から有望選手が集まってくる。神奈川県内の選手だけで戦う横浜隼人としては、力勝負では太刀打ちできない。その差を何で補うか。それが“奇跡のポテンヒット”なのだ。その一打を出すため、水谷監督はこう指導をする。
「いい当たりでも正面を突くヤツはウラオモテがある。能力があるのにヒットにならないのはどこかに欠点があるということ。私生活を含め、胸に手を当てて考えてみましょう。グランドはもちろん、私生活からしっかりやる。徳を積み重ねていかないと“奇跡のポテンヒット”は生まれない」

グランド訪問者にはあいさつだけでなく、「ありがとうございます」とつけ加える。ごみ拾いはもちろん、身体が地面と平行になるほど低い姿勢のグランド整備で感謝の気持ちを表す。東日本大震災以降は、練習開始前に東北方面に向かっての黙とうも毎日続けてきた。

そういう想いを積み重ねてきて迎えた夏。“奇跡のポテンヒット”が生まれたのは、最終回だった。
3対6とリードされて迎えた9回。先頭打者が打ち取られて1死となるが、あきらめない。代打・木下聡太は初球から積極的に打ちにいった。打球は平凡なライトフライ。2死、と思いきや、打球は強風に流され、ライトの前にポトリと落ちる。3年生の意地で落とした安打が反撃開始の合図だった。


続く井上力斗も初球をレフト前に運んで一、二塁。さらに三番の石川裕将がレフト左へ二塁打を放って2者が生還。1点差に詰め寄った。
なおも1死二塁と同点のチャンスで四番の北原享弥。2年生ながら高校通算20本を記録するパワーヒッターだ。ここで、横浜隼人ベンチは勝負をかけた。

「流れが来ていた。じっとしていてはダメ。動いていかないと流れはつかめない」(水谷監督)
サインは「行けたら行け」の自由盗塁。打者はストレートヒッティング。初球は変化球が外れて1ボール。そして、2球目。石川がスタートを切る。完全に盗んだ素晴らしいスタートだった。

だが、一方で来た球も絶好球だった。高めのストレート。北原は強振してライトの後方へ。左から右への風にも乗って伸びたが、あらかじめ深めに守っていたライトの守備範囲だった。

スタートを切っていた石川は戻るのが精一杯でタッチアップすらできない。アウトカウントが増えただけで二塁のままになってしまった。これが次の打者に重圧となる。五番の小高章稔はこの試合二塁打3本と大当たりだったが、「力が入った」と詰まったショートフライに倒れ、万事休した。

明暗を分けるポイントとなった北原の打席の場面。初球がポイントだった。川崎工科のエース・青柳晃洋は、終盤の7回以降、走者を得点圏に背負った場面でクリーンアップ相手には必ず初球は変化球から入ってきていた。盗塁をするには変化球のときの方が成功する確率が高い。石川は第1、3打席目にも出塁し、3打席目の際は盗塁を決めている。スタートのタイミングはつかめていた。初球の変化球のときに、思い切ってスタートを切れていれば……。

この試合も犠打はゼロ。どんどん走り、どんどん打っていくのが横浜隼人の攻撃だ。2009年夏に甲子園初出場を果たしたときもこのスタイルだった。だからこそ、初球からの思い切りが必要だった。

 だが、石川は責められない。その場面まで、惜しいシーンが何度もあったからだ。
初回は1死一、三塁で北原がショートゴロ併殺打。このときもサインは一塁走者盗塁で打者はストレートヒッティングだったが、2球目(ファール)、3球目(ショートゴロ)といずれも北原は打ちにいった。姿勢としては間違っていないが、一、三塁で捕手が二塁へ送球しにくい場面。決して強肩でもない。しかも、北原は右打者で一塁走者のスタートが見える。見送って二、三塁にしていれば、前進守備でヒットゾーンも広がり、より攻撃側に有利な状況をつくれた。


4回には先頭打者で左中間を破る安打を放った小高が「間に合うと思った」と三塁を狙って憤死。7回2死一塁では、一塁走者の井上が投手のセットポジション中にスタートしてしまった(送球が逸れて記録は盗塁成功)。2回2死二塁で先制の適時二塁打を放った高田、8回1死二、三塁から高橋竜生が犠飛を放った際の二塁走者の小高は相手の中継が乱れていて次の塁を奪えるところを狙えなかった。2、8回はいずれも得点が入っているうえ、記録には残らないプレーだが、走塁でいつもの積極性が見えず、相手のスキを突けなかったことが、結果的に足を使った攻撃が奏功しなかった伏線になっていたような気がする。

試合後は、指揮官も、選手もこんな言葉を口にした。
「流れがなかったですね。誰かが持ってこれればよかったですけど」(水谷監督)
「流れのない選手が、つなぐのではなく、いいプレーをしようとしすぎて力みにつながってしまった」(小高)
暴走と好走は紙一重。ほんの少しの差だ。積極性がなければいけない。かといって、積極性だけでもいけない。大事なのは、最後までボールから目を離さない集中力と判断力。

“奇跡のポテンヒット”で流れは来た。
 だが、流れを完全に呼び込む走塁がなかった。それが1点の差。あと一歩の差。
「ウチはこういう殴り合いのゲームで1点を勝ち越せるようにやっている。こういう展開で勝っていくしかないんです」(水谷監督)
 09年の夏も、初戦の厚木東戦で1点ビハインドから山口諒治のライト前へのポテン二塁打をきっかけに逆転して勢いに乗った。それだけに、この試合をものにしていれば……
と惜しまれる。スタメンに名を連ねた2年生5人は、中学生のときに先輩が甲子園出場を果たしたのを見て入学してきている。可能性のある選手たちだ。
“奇跡のポテンヒット”から流れをどう呼び込むのか。足りなかったものは何か。苦い経験を活かし、来年こそハマトラ旋風の再現を期待したい。

(文=田尻賢誉

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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