秀岳館vs熊本商
元山裕司(秀岳館)
一生の宝物
まさに因縁の対決だった。
秀岳館vs熊本商というカードは、一昨年の4回戦、昨年の3回戦とここ2年連続で夏の予選で激突している。
2年連続で敗戦を喫するという屈辱を味わった熊本商は、現在の3年生がその二度の敗戦を目の当たりにしてきたということになる。
それだけに、熊本商がこの試合に懸けるという決死の覚悟があることは言うまでもない。
そんな思いが初回、熊本商の攻撃からもひしひしと伝わってきた。
秀岳館のマウンドには、怪腕・元山裕司がいた。この日の元山のストレートは特に威力があった。
141、143、142・・・
[stadium]県営八代野球場[/stadium]のスコアボードに点灯させた球速表示は初回からほとんどのストレートが140キロ台だった。俗に言う常時140キロ台である。
その超高校級のスピードボールが、熊本商打線の各打者に襲い掛かかるのかと思うと身震いさえ覚えたほど凄みがあった。
だが、それ以上に熊本商ナインの思いが勝ったのか。元山のスピードボールに振り負けないスイングと小技を絡め、5回終了時点で2-0と熊本商がリード。見ていて熊本商に流れがきていると感じた人も少なくなかっただろう。
しかし、さすが第1シードの秀岳館である。6回に3点を奪い逆転すると、8回には2本の三塁打を含む5連打という怒涛の攻撃で一挙4点を奪い、3年連続の因縁の対決は、今年も秀岳館に軍配が上がった。
涙する熊本商の渡辺(右から二人目)
これで熊本商の3年生にとっては、高校野球生活のすべての夏を秀岳館に敗れたこととなった。
相手の校歌を聞きながらベンチ前で涙する熊本商ナイン。その中に3年生の渡辺卓也の姿があった。渡辺は、昨秋に背番号20とギリギリのベンチ入りであったが、今春には控えながら主将に選ばれるまで躍進し、大砲としても期待されていた存在であった。だが、度重なる故障で今春の県大会以降、ベンチを外れていた時期があった。
「その時は自分自身が腐りかけていました。でも、『腐ったら終わり』ってチームのみんなが声をかけてくれて・・・みんなに励まされて・・・」
渡辺は、インタビューの最中、いつも支えてくれたチームメイトの顔が脳裏をよぎり、何度も声を詰まらせた。
故障と闘いながら、そんな時期を乗り越えようと息を吹きかえした183センチ、93キロの大男・渡辺。大里尚純監督から与えてもらった最後のチャンスをものにし、最後の夏に再びベンチ入りを果たしたのだ。
一昨年、昨年とスタンドで声援を送った夏とは違うポジション、“ベンチ”。そこで迎えた最後の夏で、自分ができることは何かと自問自答し、ひたすら気配りに徹した。試合中、足がつったチームメイトの介抱や各選手のモチベーションをあげることなど、自らが打席に立つことはなかったが、仮に渡辺が大男でなくても、熊本商ベンチで一際、その存在感を示していただろう。
そして溢れる涙を拭い、渡辺は最後にこういった。
「自分としては、後輩たちに何も伝えることができなかったかも知れないけど、一緒に頑張ってくれた後輩たちには、この悔しさを忘れないでほしいと思います」
昨秋に敗れた時にも大粒の涙を流していた熱い男が、最後の最後まで貫いたチームメイトとの絆。
因縁の対決には敗れたが、高校野球で得たものは、彼にとって一生の宝物になったはずだ。
(文=編集部:アストロ)