関西中央vs高田
新監督(関西中央)がもとめるもの
就任したばかりの、姫嶋監督の怒号が飛ぶ。
「はよ、ダウンしに行け、っていうてるやろ!ダウンまでやりきらな終わりちゃうねんぞ」
今までにはなかった関西中央を囲む風景である。
姫嶋は奈良県が誇る名監督だ。過去に、桜井、奈良工業、志貴など無名公立校を率い、数々の名勝負を繰り広げてきた。強豪に臆することなく牙をむいて立ち向かう指揮官として、その手腕ぶりには定評があったほどだ。定年退職後に、第一線を退き、今も務める奈良県高校野球連盟理事の一人として、奈良県の野球界を支えていた。育成厚労省の表彰も受けている。
、 そんな名将が、新興勢力・関西中央の監督にこの4月に就任したのである。
関西中央は、創部して10年にも満たない歴史の浅いチーム。もともとは桜井女子高だったが、平成11年に関西中央に校名変更。平成15年の男女共学に伴い、野球部の活動がスタートした。創部当時は力はなかったが、やがて、有望選手が入部するチームになり、平成20年の春に県大会準優勝、翌秋には近畿大会初出場を果たしている。
しかし、私学という特性を生かし、強豪校への道を目指した関西中央だったが、思うほどには成績が伸びてこなかった。ポテンシャルの高い選手が多く、練習もそれなりにこなしてきたが、公式戦になるともろさを露呈し、足元をすくわれることが多かったのだ。全国にも多く存在する、能力はあるが勝てない学校の象徴という位置づけだった。
そこへ、奈良県で幾多のベストチームを作り上げてきた姫嶋がやってきたのだ。
姫嶋の指導の特長は「厳しさ」と一言で表現できる。ただ、厳しいといっても、練習量を多くするなどというものではない。試合に臨むにあたって、厳しさがなければ、人は前に進めないという、彼、独自の哲学があるのだ。以前、姫嶋がこんな話をしてくれたことがある。
「窮鼠猫を噛むっていう言葉がありますけど、今の子は、すぐに逃げ道を見つけて、そこに入りたがる。でも、その逃げ道を失くしてやれば、選手たちは前に向かって進んでくる。前向きに取り組むようになる」。
だから、姫嶋が関西中央に入って、取り組んだのは技術的な指導ではない。練習の中での厳しさを選手たちに求めたのだ。姫嶋は言う。
「野球の技術は人間が良くないとやっぱり伸びてこない。道具をきれいにするとか、礼儀などは前監督の松田(現副部長)君たちがしっかり指導してくれていたから、問題はなかったけど、練習の中でダラダラするところがある。自分を追い込むことができない甘さがあったので、きびきび動くことなど、細かく言うようにしてきた」。
冒頭の言葉は、まさに、姫嶋のチームを作り上げていくための、指導方針の一貫なのである。試合が終わって、へらへらするのではなく、最後まで戦う者の厳しさを持っていなければいけないのだ、と。「大会で勝つことが厳しいということを植え付けていかないと勝てない」と姫嶋は言う。
試合は、1回表、関西中央が1死1、3塁から4番・田中のスクイズで1点を先制。その後は、9イニング中、7度、無死の走者を出したが、それでも得点を与えず、粘り強く守った。8回に相手のミスから2点を追加し、3-0で勝利。以前までは、調子に乗った時は強さを発揮するのに、そうでないときはモロいところがあったが、姫嶋の指導が浸透し始めているのだろう。多少のミスがありながら、しのぎ切ったのである。
「勝ってほっとしたというのはあるけど、まだ、厳しさが足りん。これから、もっと、厳しさを選手たちが分かるようにしていかないと」と手綱を締めた姫嶋監督。確かに、まだまだ、関西中央は変わらなければいけない部分は多いだろう。名将に率いられた新興勢力がどう変貌していくかは、これからというところだろうか。
勝ちきれないと揶揄されたチームのリ・スタート。彼らはどこまで厳しさを知るチームになるのだろう。姫嶋の怒号が響く限り、彼らの進歩はまだまだ止むことはない。
(文=氏原英明)