十津川vs帝塚山
本気でめざすベスト8
奈良県最南端の県立高・十津川が初戦を突破した。「いつもは、投手の四球と守備のミスで負けることが多かったのですが、エースの丸山がしっかり投げて、守備もノーエラーでできたのが良かった」と十津川・勝山監督はほくそ笑んだ。
ここ近年の奮闘ぶりから「十津川の1勝」はそう珍しいものではないとはいえ、彼らの「1勝」には、やはり重みがある。多くのハンディをモロともしない強さが十津川ナインにはあるからだ。
たとえば、地理的な問題がある。
奈良県以外の人にとっては「奈良県最南端」といってもイメージがわかないだろうが、分かりやすく言えば、メーン球場のある[stadium]橿原・佐藤薬品スタジアム[/stadium]までは車で3時間かかるという位置にある。奈良県北部、ほぼ大阪寄りに住んでいる筆者が佐藤薬品スタジアムに行くのに約1時間を要するから、その3倍である。ちなみに、筆者は電車での所要時間だが、十津川からは車でしか来ることができない。
そのため、公式戦は前泊するのが通例で、県内にありながら、いわば「遠征」を強いられている。
部員数においても、恵まれてはいない。3学年を数えれば21人だが、この4月に1年生が入部するまでは13、4人の少数精鋭。「すべての選手が複数のポジションを経験しないと回らないほど。キャッチャーは公式戦以外は、ほとんど他のポジションを守っている」と勝山監督は苦笑する。グラウンドも、陸上部と共用。寮生は8時までに戻らなければならないから、7時には練習が終わる。全体で練習できるのは1時間半程度しかない
部員が多く、設備が整い、また専用グラウンドを持つなどのチームとは同じ「1勝」でも、重みが違うのである。
ただ、勝山監督が、チームの指揮を取るようになって一番苦労したのはそうしたハンディの部分だけではない。むしろ意識の部分だったと勝山監督は力説する。
「どういう目標をもってやるか。甲子園を目指すと言っても、そんなに力はない。どれだけ本気で狙える目標をいえるのかが大事ですから」。
勝山監督には、郡山高校時代に甲子園に出場した経験がある。だが、だからといって、同じ目線では話をしない。「にやにやした顔をして甲子園を目指しても、本気で目指しているチームに勝てるはずはない、まずは、本気で目指せる目標を立てる」と足元をみつめることから、チームはスタートしているのだ。
この日の試合では、きっちりと果たすべきことをやりきる十津川ナインの姿があった。投手は低目を丹念に突きながら、打たせて取る。守備陣も派手なプレーをするのではなく堅実に守っていく。攻撃面においては、ボールに食らいつき、きっちり犠打で送って、次の塁に進める。得点の機会を増やすというのを徹底していたのだ。
3回裏に、先頭の7番・平瀬が中前安打で出塁し、8番・井藤が犠打で送る。2死後、1番・平林、2番・山下の連続適時打で2点を先取した。4回裏には、丸山、小林、坪井の三連打で1点を追加。守ってもエース丸山は3四球にとどめ、6安打10三振の好投。守備陣も、2つの併殺を決めるなど、好守に徹底力が見えた試合だった。
今大会の目標は「ベスト8」と勝山監督は教えてくれた。たとえ、それが他人からは無理だと言われても、選手たちが本気で狙っていることに意味がある。多くのハンディをハンディと思わず戦えるのは、彼らには彼らなりの目線で高校野球に向き合うことができているからなのだ。世間一般とは違う、彼ら独自の高校野球がここにはある。
「今大会でベスト8が果たせなかったら、夏にまた目指します。もし、達成できたら…選手たちがどういう目標を立ててくるか、僕から求めることはないです。野球でいい想いをしてきたことのない子たちですから、何とか、最後には彼らに残してやりたいです」と勝山監督は最後を締めてくれた。
この日は、強い雨が降りしきる中で行われたが、試合後は、いつものようにダウンのキャッチボールをこなしていた十津川ナイン。横なぐりの雨すらも、彼らを揺るがしてはいなかった。
(文=氏原英明)