試合レポート

聖光学院vs会津工

2010.07.21

2010年07月20日 開成山球場

聖光学院vs会津工

2010年夏の大会 第92回福島大会 準々決勝

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村岡拓美(会津工)

1ヵ月半のエース

会津工のエース・村岡拓美は最後まで笑顔で投げぬいた。

 「体が動かないはずなのに、(ここまで)4試合投げて。シンカーを投げてみろと言ったら、左バッター抑えちゃって、たいしたもんだなと。シンカー、左バッターに打たれていないんじゃないかな。昨日、聖光学院のビデオを見て、シンカーが有効じゃないかと思ったんです。それで、今朝、『シンカー、覚えているか?』って言ったら、『そんな気がしました』って」

 試合後、八巻勤監督は5試合を完投したエースをねぎらった。

 村岡はずっと2番手投手だった。エースを示す背番号1をもらったのは6月1週目に行われた全会津選手権。きっかけは、昨秋、オーバースローをサイドスローに変えたことだ。なかなか結果を出せずにいた村岡。八巻監督と話し合った末、転向を決意した。

 「エースはないと思いました。エースって、オーバー(スロー)で140キロ台をバンバン投げて、すごく落ちるフォークとかがある、そういうイメージじゃないですか。それがなくなるからエースはダメなのかなぁって思いました」

 

 エースになりたい。でも、結果が出ていない。オーバースローでも不安。サイドスローにしても不安。抵抗と葛藤。そのストレスをぶつけるように、いやいやながらも腕を横から思いっきり振っていた。

 転向してすぐに大会で投げてみると、「これならいける」と手応えをつかんだ。

 冬は徹底的に走りこみ、下半身強化に努めた。打者との感覚を身につけるため、バッティングピッチャーをすることで経験を積んだ。打者に「どこから曲がればいい?」「どのコース、打ちづらい?」などと聞いた。「スライダーが打ちにくい」と言われ、スライダーを磨いた。

 そういった練習の成果で信頼を得て、「努力家で、苦しい、つらいということを知っている子なので」と八巻監督が背番号1をくれた。

 エースとして迎えた最後の夏。大会直前に発熱し、開会式翌日は皆勤賞だった学校を欠席。1、2回戦は体調がよくない中、投げた。3回戦まで間が空くため、病院に行くなどして体調回復に努めた。そして、17日の3回戦・福島商との一戦で、村岡は初完封勝利を収める。さらに、4回戦いわき光洋戦でもスコアボードにゼロを並べ、2試合連続の完封劇!「気付いたら完封でした。みんなが守ってくれたお陰。ピンチを救ってもらえました」。村岡は野手がアウトをとるたびに、その選手に向かってグラブを叩き、賞賛の拍手を笑顔で送る。難しい打球を裁いても、基本的な打球を裁いても、同じように称える。

 「ピンチになっても、『笑顔だ、笑顔だ』って声をかけてもらって、落ち着いて投げられました。それに、つらい顔をしていると心配かけちゃう。つらくても笑顔でいれば、何とかなると。プラス思考になるかなと。笑顔は欠かせないですね」

 チームのキーワードは「笑顔」。

 「この大会は笑顔でやろうって選手から言われているので。監督も部長も命令されている、約束なんです」(八巻監督)

 6月19、20日と那須で合宿を行った。毎年1月に雪道を走る合宿を行っているが、6月に行うのは異例。最初は「気持ちをほぐそう」と八巻監督は考えていたそうだ。いつもは真っ白な雪の中を這いつくばって走る。それを緑が濃いこの時期に行って、マイナスイオンを浴びて、夏の大会に備えよう。それが、「行くとやっぱりね。よっしゃ、走ろう!って(笑)」。結局、2日間で計約40キロ走ったという。そのときのミーティングで「笑顔」がテーマになった。

 村岡は1回戦から4試合全てを1人で投げぬき、準々決勝の聖光学院戦を迎えた。1回表に先制点を奪い、幸先の良いスタートを切ったが、その裏、同点とされ、4回に勝ち越しを許した。6回には三連打を浴びて、2点を失った。7回には聖光学院の先発・歳内宏明(2年)に本塁打を許した。

 村岡対策として、聖光学院はオーダーを大幅に変更していた。「相手ピッチャーがすごいピッチャーだと聞いていたからね。右バッターは苦しむと思って、左を上に上げて」と斎藤智也監督。右打者の1番・村島大輔(3年)を2番に、左打者の2番・根本康一(3年)を1番に。6番の板倉皓太(3年)を7番に下げ、7番の斎藤英哉(3年)を6番に上げた。

 「素晴らしい。きちっと投げるね、丁寧に。シンカー混ぜてカウント作ってくる。たいしたピッチャーだよ。いっぱい点を取ろうとは思っていなかった」(斎藤監督)

 喜多方一中でも2番手投手。サードと兼任で、試合にはほとんどサードで出場していた。高校では投手1本。2番手のまま終わるのか――。サイドスローに変えたことで数ヵ月前まで「エースになれないんじゃないか」と思っていた村岡。それが、最後の夏はチームの信頼を得て背番号1をつけ全5試合を1人で投げぬいた。

 4回戦後、「ビビらないように、名前負けしないように」と意気込んでいた村岡。優勝候補に果敢に立ち向かったが、1-5で敗れた。

 「今は……就活がんばります!」

 お父さんは中学校の入学式前日に亡くなった。以来、お母さんが女手一つで自分と弟と妹を育ててくれた。

 「働いて助けていきたい。ここまでわがまま言って、グローブやスパイクを買ってくれたので、その分、働いて親孝行をしたいと思っています。弟の進学にも使ってもらいたいなと。支えてもらった分、恩返しをしたいです」

 この日、お母さんが応援に来てくれていた。「エラーしてしまって、カッコイイ姿見せられなかった」と頭をかいたが、「自分の今の状態でベストを尽くせた。最後まで投げられてよかったです!」。背番号1を1ヵ月半だけ背負ったエースは最後、グラウンドで振りまいていた爽やかな笑顔を見せて、バスに乗り込んだ。

(文=高橋 昌江


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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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