試合レポート

Happy End 第1回 あと一歩、されど一歩

2010.07.08

2010年07月04日 府中市民球場  

Happy End 第1回 あと一歩、されど一歩

2010年夏の大会 第92回東東京大会 1回戦

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Happy End

2010年夏の甲子園へ挑戦する高校は4115校だそうです。そのうち、負けないで夏を終われる高校は1校しかありません。その1校になれる確率を計算してみると0,00024%となります。
では、敗れ去る残り99,99976%の高校はみんなバッド・エンドになるのでしょうか。僕は違うと思います。
誰もが目の前の1試合、1プレー、1球に青春を注いでいる。その一瞬は、一生忘れることのない彼らだけのドラマになる。
そんな経験ができること自体、とても幸せなことだと思いませんか? 
「一生の思い出」という宝物を手にできるのだとしたら、たとえ負けて青春が終わってしまったとしても、それはハッピーエンドといえるのではないでしょうか。
そしてそのドラマの価値には、勝ちも負けも、古いも新しいも、甲子園の決勝も予選の1回戦もないでしょう。これぞ「高校野球」が持つ不変の魅力だと思うわけです。だから、全世代の日本人が彼らのドラマを見ようと観戦に訪れるし、テレビ中継にも釘付けになるわけで。
このコラムでは、選手たちが、一生忘れない宝物を獲得したであろう、その一瞬を取り上げていきたいと思います。
舞台は甲子園じゃないし、選手もプロ注目じゃない。勝利にも届かなかったかもしれない。でも名もなき「彼ら」だけの、「彼ら」によるドラマは間違いなく見る者を感動させてくれます。そんな99,99976%のハッピーエンドを伝えたいと思っています。

菊池(早稲田)

あと一歩、されど一歩

――10回裏1アウトランナー2塁。スコアは3-4。1点を追う早稲田、同点のチャンス。

早朝までの雨が嘘のように晴れ渡り、[stadium]府中市民球場[/stadium]の芝生からは蒸気がたちこめていた。そんなむせ返るような陽気の中のクライマックスだ。

この時セカンドベース上にいたのは菊池勇志くん(2年)。打順は8番ながらここまで左前安打、内野安打、犠打、内野安打と犠打以外は全打席出塁している。この回も先頭バッターで四球を選んでいた。
早稲田1番バッター志岐晃一郎くん(2年)の放った打球はセンター前へ。菊池くんは三塁を回り、猛然とホームに突っ込む。
学習院のセンターを守っていた長崎航くん(3年)は中継を介さずバックホームし、本塁クロスプレーに。土煙が舞う中、主審の右手が上がる。アウト。
長崎くんはこの試合の序盤、4回裏にも早稲田の先頭打者の左中間への飛球をダイビングキャッチしていた。同点に追いつかれた直後の回だっただけに、もし長打を許せば流れは完全に早稲田に傾くところを防いでいた。

3年生にあって2年生にないものがある。
1年の違いが、時としてその違いは勝負を分ける決定的な要因になることがある。
スイングをコンパクトにまとめることで狙い通りミートはするものの、肝心なところで好守に阻まれ、気づけば早稲田の残塁は17に。早稲田は試合を優勢に進めていたが、勝負どころをことごとく制したのは

学習院

だった。
その象徴が、土壇場10回裏のクロスプレーだったように思えてしょうがない。

試合後、

学習院

の瀧澤拓也監督は、上気した顔の全部員を前に、「これが夏の大会だ。今日、この感動を絶対に忘れるな」と、スタンド裏全体まで響く、大きな声で説いた。
8、9回には立て続けにピンチを迎えた。その窮地を脱するたびに、ガッツポーズをしてレギュラー選手たちがベンチに駆け戻ってくる。その「勇姿」に感極まって、彼らを迎える控えの1、2年生は皆、泣いていたという。
瀧澤監督は出場選手一人ひとりと握手をした後、満足げな笑みを一度封印して考えを巡らす。きちんと相手に敬意を表してから勝因を一言でまとめてくれた。
「勝ったのは3年生たちの強い気持ち」
好守備を連発したセンター長崎くんに関しては、
「昨夏、無失策、延長で勝った試合(3回戦 朋優学院
戦。3-2で勝利)を今年の3年生たちは見ている。長崎は当時のキャプテンの背中をずっと追い続けていましたが、なかなか思うようにいかない様子でした。でもここにきてようやく強い気持ちを見せてくれた」と今度は顔を綻ばせる。

早稲田の伏木雄二監督は試合後、球場を出るとすぐOBや関係者に囲まれた。その後ろでは、選手たちがストレッチを行っている。
すすり泣く選手、茫然自失としている選手、笑っている選手、表情はそれぞれだ。大接戦を落とした直後なのに、号泣している選手がいない。
2年生主体のチーム、どこかに「来年もある」という余裕があるように見える。
少なくないOBや関係者に一通り挨拶を終えた伏木監督は、淀みのない口調で試合を分析してくれた。
「うちは若いチームでハートが弱い。勢いに乗れば強いが、これまでの練習試合でも対戦相手に合わせてしまうところがあった。最後の一本が出なかったのは、自分たちで押し切れない気持ちの差だったんじゃないでしょうか」きっぱりと言い切ってくれた。

今年の早稲田はレギュラーに3年生が2人という若いチームだった。
学習院のエースピッチャーがアンダースローということで、全員がバントの構えからヒッティングに入る、「バスタースタイル」を徹底した。「緩いボールを引きつけコンパクトに振ることと、バットコントロールをよくするために」(伏木監督)練習してきた対策だ。
その対策は功を奏し、初回から確実にミートしていく。試合が終わった今でも「試合巧者」という印象が残っている。そして、このバスタースタイルをさらに応用しているように見えたのが、2年生の菊池くんだ。

試合後の彼は、悔しさをにじませる言葉を発するものの涙はなく、顔に汗も浮かんでいない。不思議なほどさわやかだ。まだ本当の悔しさを実感できていないように見える。たぶん今後何十年たっても、あのクロスプレーを鮮明に思い出すことができるはずだ。でもそんなことは、実際に何十年もたってみないとわからない。
「昨秋の大会、スクイズでフライを上げてしまいダブルプレーになって負けた」苦い経験をしたという。その経験は確実に糧となっていたと思う。3回裏には1アウト満塁の場面でバントの構えからそのままセーフティスクイズを成功させ、学習院の虚をついた。個人の技術面での成長ははっきり現れたはずだ。
しかし、それでも最後の重要な場面でセーフになることはできなかった……。
「自分ができなかったというわけでなく、試合に負けたということが悔しい」。
という菊池くん。勝つために何が足りなかったのか。その答えを出すにはまだ時間がかかりそうだ。

3年生の夏は最初で最後、一度きりしかない。そんな極限状況が生む「勝ちたい」と燃やす執念。それこそ、高校野球にあってプロ野球にない魅力だ。
執念。どんなに技術で劣っていても、体格で劣っていても、それら全てを凌駕してしまう可能性を持つ。どんなに優勢に試合を進めていても、一瞬でも気を緩めれば飲み込まれてしまう危険性をはらむ。9回2アウトからの大逆転劇や、下馬評をくつがえしての大波乱といった展開は、まさに執念によるところが大きいのではないだろうか。
そして、この執念は当事者、つまり3年生の夏にならないと持ちうることができない。

学習院 の長崎くんは、昨夏の先輩たちの執念を見つつも、自分が同じ立場に立つことで初めて持つことができた。だから決定的な仕事ができた。そして早稲田の菊池くんは、100%の力を発揮したのにアウトになった理由を、まだ見出せない。
でも、来年の夏を迎えればきっと気づくはずだ。2010年7月4日、なぜあと一歩が足りなかったかということを。2年生の時に100%だと思っていた自分の可能性に、さらにその上があるということを。執念という唯一無二の武器が備わっていることを。

(文=伊藤 亮

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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