山梨学院「心身を急成長させる長崎合宿はいかにして成り立つのか?」
3年連続で夏の甲子園出場。そして5年ぶりの選抜出場を果たした山梨学院。安定した強さを見せているが、強さはどこにあるのか?取材を進めていくと、精神面、戦術面などいろいろ突き詰めて指導した結果が現在の強さにつながっていることが分かる。今回は取材日でも話題になった長崎合宿の狙いについて迫っていきたい。
なぜ長崎合宿を敢行したのか?
笑顔でガッツポーズを見せてくれた山梨学院の選手とマネージャー
吉田監督にとってこれで10度目の甲子園。吉田監督は高校野球の監督としてはいち早くトレーニングの重要性、打撃の重要性に気づき、清峰を強豪校に育て上げ、全国制覇に導いた方だろう。選抜出場の可能性が高いということもあり、取材日の練習でも投手が投げながら実戦形式の打撃練習を行っていたが、「夏に勝てる、戦い抜ける、強いチームを目指して、その土台作りという意味でトレーニングが大事という考えは変わりありません。でも今回は選抜が近いということで、打撃練習の割合は例年より多いです」と例年の冬よりも実戦練習の割合は多い。
打撃練習の脇を見ると、丸太を持ち上げるトレーニング、腕立て伏せ、室内練習場を目に移すと、トレーニングをしている選手が見られる。そこにはトレーニングを大事にする姿勢が見て取れる。
今回お伝えしたいのは山梨学院のトレーニング法ではなく、吉田監督は山梨学院の選手たちに自発的に、さらに意欲的に取り組めるためにいろいろ工夫していることだ。その1つとして12月末に行われる「長崎合宿」である。これは前チームの代から行われた。
きっかけは2018年の高校野球の選手の勢力図にある。
「2018年に関して、選手の質という点に関しては大阪桐蔭、横浜、東海大甲府の3校がトップでした。比較すると、うちはいろいろ不安がありましたし、実際に秋の決勝では甲府さんに負けていますので、何か思い切って改革しないと勝てないと思いました」
県大会では3対14で敗退しており、そう思うのも当然である。そして2017年12月、初めてとなる長崎合宿を行った。その内容はハードそのもので、午前中はボールを使った練習をして、午後は長崎名物の古川岳と川地峠のどちらかを登る。目的はトレーニングというより、精神力の強化。多くの選手が口をそろえていうのは「1人だけではこなせない」というほどハードなもの。チームでメンタルの強さではナンバーワンという相澤利俊でさえ「厳しいですね」と答えるほど。
みんなで乗り越え、最後のメニューが終わったとき、全員で涙を流したという。達吉田監督は選手たちの姿の変化に驚いた。
「トレーニングに対する取り組みが本当に変わったんですよね。目の色を変えて取り組むようになり選手のレベルが高まりました」
特に顕著になって表れたのは3年生投手陣。最速146キロを計測した垣越建伸だけではなく、プロ志望届を提出した星野 健太、右サイドの速球派・鈴木 博之、ベンチ外となった羽鳥祐希は全員が140キロ越えと驚異的な成長を見せた。またライバルの東海大甲府に対しても、春の決勝では6対4と勝利。吉田監督は「選手たちに訊くと、もう1回戦っても勝てるかなとそこまで精神的に余裕が持てて強くなったんだな」と選手たちの想像以上の心身の成長に驚いていた。
そして夏の甲子園出場、そして関東大会ではベスト4入りを果たした。
[page_break:長崎合宿は「心のお守り」をもらう合宿]長崎合宿は「心のお守り」をもらう合宿
笑ってトレーニングをこなす選手たち
また、昨年12月、二度目の長崎合宿を敢行し、部員全員が参加。吉田監督は山登りのトレーニングについて高負荷なトレーニングで、ケガのリスクも高く、選手の状態、モチベーションを見ながら行っていた。それでも選手たちは最後では山を登り切りたいと直訴した。選手たちは登り切り、涙を流したという。主将の相澤は1年生を励ましながら登るなど自覚した姿を見せた。そして主力選手たちもさらに強くなりたい思いで、必死に追い込んだ。それぞれの体験談を振り返っていこう。
「一番きつかったのは川地峠でのトレーニングです。急な斜面の階段があるのですがそれを上って時間内にゴールするっていう感じです。高い場所で息もきつかったです」(野村健太)
「きつかったです。記憶が飛ぶような感じです。自分一人では絶対無理です、途中で心折れます。終わる瞬間はだいぶ泣けます。終わった喜びとやり切ったっていう嬉しさが両方で泣けます」(菅野秀斗)
「すごくきつかったですが、全員で乗り切ったという達成感が大きいです」(駒井祐亮)
この合宿が終わると、今年の選手たちも意気込みが変わった。野村は「トレーニングは今もきついです。だけど、気持ちに余裕が出てくると思います」と答えれば、菅野は「怖い練習とトレーニングがなくなったというイメージです。今はモチベーション高く練習できています」と精神的に強くなった自分を実感している。
そして駒井は「絶対、夏の大会や春などで活きてくると思うので、そこはどこよりも練習をやってきたんだという自信を持って挑みたいと思います」
そう語る選手たちの体格はしっかりと大きくなった跡が見える。どの選手も、太ももがたくましく、動きにもキレがある。
待っている間もタイミングを合わせる山梨学院の選手たち
吉田監督は「選手たちはこの合宿を終えると立派になるんですよね」と目を細める。さらに、「自分の限界に挑戦した合宿なので、精神的な自信がついているので、きついと感じていた今までのトレーニングと比べて意欲的に取り組めているんですよね」と早くも合宿でたくましくなった選手の成長を実感している。
吉田監督は「この合宿は心のお守りをもらう合宿だといえます」
精神的に追い込む合宿をやれば、山梨学院のように強くなれる!と思うだろう。ただ吉田監督はこれまで信頼関係の積み重ねがなければできないものだと語った。吉田監督が大事にしているのは選手との距離感。昔では鉄拳制裁で押さえつけることができた。しかし清峰時代、これでは通用しない指導法だと感じた吉田監督は対話重視の指導法に転換。今でも「耐えることも大事ですけど、僕の場合、何事も楽しめる生き方の方が大事です。殴るよりも、選手に自覚を持たせる接し方は僕なりに気づいてきたかなと思います」
確かに山梨学院の選手たちを見ると、人柄が穏やかで、明るくて、リラックスしている印象を受ける。一部の学校によっては罵声が飛び交い、張り詰めた空気で、選手たちも委縮しているところが見られるが、山梨学院はそれがない。
厳しい練習に励みながらも、うまくなりたいという選手の意欲を持たせ、長崎合宿ではその気持ちを爆発させて、驚異的な進化を生む。
つまり山梨学院は成長の「ホップ・ステップ・ジャンプ」を実践しているのだ。山梨学院の選手たちはこの選抜で一気にステップアップ、もしくはジャンプアップができる準備はできている。
しかしこれだけでは山梨学院の強さは語り切れない。今年のチームスタート時、厳しいとみられていたチームだった。それでも関東大会ベスト4まで勝ち進めたのは横浜高校を甲子園常連校に育てた小倉清一郎氏の存在があった。その小倉氏の指導内容はチーム、選手たちに大きな影響を与えた。それは次章で迫っていきたい。
(文・河嶋 宗一)