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打たれないくらい杭を出せ。二度の倒産危機を救ってくれた野球での経験が今、新たな夢を呼び覚ます 株式会社ライジングユニオン・豊留恵社長(大阪桐蔭OB)

2021.05.19

打たれないくらい杭を出せ。二度の倒産危機を救ってくれた野球での経験が今、新たな夢を呼び覚ます 株式会社ライジングユニオン・豊留恵社長(大阪桐蔭OB) | 高校野球ドットコム
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 病院や介護施設へのコンサルティング業に始まり、現在は5本指足部用サポーターの「フットラーク」や足部用サポーター「キュットラーク」を販売するなど、幅広い事業展開を見せているのが株式会社ライジングユニオンだ。業務改善やコスト削減の面から病院の経営をサポートし、またフットラークやキュットラークは程良い着圧によって足つりやむくみ予防できることから、プロアマ問わず多くの野球選手から支持を集めている。

 そんな同社を1人で経営しているのが豊留恵社長だ。
 豊留社長は全国屈指の強豪・大阪桐蔭の出身で、高校2年時には初の全国優勝を間近で見守った。当時の経験は現在の活躍の礎になっていると断言するが、3年間の高校野球生活から得たもの、そして現在の社長業への繋がりを伺った。

悩みに悩んだ末に決めた大阪桐蔭への進学

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株式会社ライジングユニオンの豊留恵社長

兵庫県の尼崎市出身の豊留社長。
 「野球か空手、どちらかをやりなさい」と母親から選択肢が与えられ、空手は寒い時期に裸足でやるのが嫌だったことから野球を選んだが、野球が盛んな土地柄にも後押しされて、すぐに白球を追いかけるようになった。
 加えて、父親は鹿児島県出身の一直線な性格の九州男児。豊留社長が野球をやると言った日以来、ほぼ毎日自主練習に付き合い、野球未経験ながら練習のサポートをしてくれた。

 小学生時は捕手として活躍したが、中学時代に所属した兵庫尼崎ボーイズは関西地区でも指折りの強豪チームで、始めは60名近い選手が入団した。中には、中学1年ながらすでに180センチを超える選手もおり、レベルの高さに圧倒された豊留社長。
 「勝てる訳ない」と尻込みした結果、小学校時代のポジションはライトと嘘をついて彼らとの競争を避けたが、結果として中学2年の終わりには2番・ライトでレギュラーを掴み、俊足と強肩を活かしてプレーした。

 中学3年になる前に怪我人が出た影響から、三塁手へコンバートされユーティリティ性を発揮したが、そんな豊留社長が大阪桐蔭へと進学することになったのは、まさに突然の出来事だった。

 「当時、私は別の高校に進学したいと考えていたのですが、突然父親に『大阪桐蔭の練習を見学してこい』と言われました。そこで行ったのがそもそもの始まりなのですが、当時の大阪桐蔭は大阪大会でもベスト8に行けるか行けないかぐらい。正直、行く気はなかったですし、高校のこともよくわかっていませんでした。

 ただチームの代表からは、一学年上の先輩方が1年生から4人ぐらいメンバーに入っていて、そのうち3人が試合に出場している、必ずこの世代で甲子園優勝するから大阪桐蔭に行けと。まだ甲子園に出場してもいないのに何を言っているのかなと思いましたが、最終的には大阪桐蔭で甲子園を目指すことに決めました。今思えば、大人同士の話もあったのだと思います」

[page_break:鮮明に残る甲子園のグランドから観客席を見渡す景色]

鮮明に残る甲子園のグランドから観客席を見渡す景色

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株式会社ライジングユニオンの豊留恵社長

 だが実際に大阪桐蔭に入学すると、チームには錚々たる顔ぶれが在籍していた。
 1学年上の世代には、世界大会優勝を果たしたボーイズリーグの日本代表選手やそれ以外にも有名な選手が多数おり、今まさに全国レベルの強豪校へのし上がろうとするところだった。

 現に大阪桐蔭は、豊留社長が2年の夏に学校として初の全国優勝を達成するのだが、当時のチームは個性が強すぎる一方で、束になる強さも持ち合わせていた。豊留社長はここで、勝てるチームの在り方を肌で感じるのであった。

 「技術的なことはもちろんですが、個性もとても強い世代で、みんな『俺が俺が』でした。昔、ドカベンという野球漫画がありましたが、まさにあんな感じです。一人一人に個性があり、自己主張も強い先輩方でしたが、でも試合になると不思議と束になるんです。中学時代から日本代表を経験した方々が集まっていましたが、誇りやプライドもあったのだと思います。
 主将だった玉山雅一さんも個性が強い方でしたが、俺についてこいと言える兄貴分のような存在でした。よく言い争いをしていたのでチームをまとめるのは大変だったと思いますが、勝てるチームというものを見せていただきました」

 実は大阪桐蔭が初の栄冠を手にした時、豊留社長も甲子園のグラウンド上にいた。
 背番号はもらえなかったが、日頃の練習に取り組む姿勢が評価され補助員として甲子園大会期間中は初戦から決勝戦まで全試合メンバーに帯同した。
 先輩たちの雄姿も色濃く脳裏に焼き付いたが、それ以上に強く印象に残っているのはグラウンドから見渡す観客席だ。

 「試合前ノックのボール渡しは私がやっていたので、全部の光景が未だに鮮明に残っています。普段は観客席からグラウンドを見渡しますが、甲子園のグラウンドから観客席を見渡した時に、自分が夢見ていたことが現実になったと感じました。
 絶対自分たちの代でも甲子園に出ようと思いましたし、先輩たちが優勝したのでレギュラーとして絶対に優勝旗を返しにいくんだと気持ちが高まりました」

 結果として高校3年の夏は「2番・三塁」でレギュラーを掴むも、大阪府大会準決勝で近大附属に敗れ甲子園出場は果たせなかった。準決勝は2点リードで最終回を迎えるも、9回表に3点を奪われ土壇場で逆転を許す。その後、大阪桐蔭は追いつくことが出来ずに5対4で敗れ、豊留社長の高校野球は終わった。

 レギュラーとして優勝旗を返しにいく目標は達成できなかったが、高校野球の3年間は将来に繋がる濃密なものだったと振り返る。勝てるチームを間近で見てきたこと、そして「常勝・大阪桐蔭」の礎を作った一員であることは、豊留社長の未来に繋がっていくことになる。

[page_break:社会人としての忍耐力をつけた板前の期間]

社会人としての忍耐力をつけた板前の期間

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株式会社ライジングユニオンの豊留恵社長

 大阪桐蔭を卒業後は福井工業大学に進学し、ここでも大学4年間野球に打ち込んだ豊留社長。大学卒業後は野球を続けることはなく、求人広告代理店へと就職して営業職としてのキャリアをスタートさせたが、社会人となり大きな挫折を味わうことになる。

 求人広告代理店ではまず新規開拓営業を任される。片っ端から飛び込み営業をかけていくスタイルだが、その数は1日120件。「はじめは名刺を配り切る感覚だった」と振り返り、スキルもなかった当時は根性だけが頼りだった。
 その後は生命保険会社へと転職するが、ここでも営業職の難しさを思い知らされる。

 「当時は独身で、生命保険の価値もまだわかっていませんでした。はじめ知り合いとか身内に営業をかけるのですが、『入ってくれ』だけだと敬遠されてしまいます。ただ単にお願いしますだけの営業では契約をいただくことはできませんし、無形のものを営業する難しさを知りました。
 お恥ずかしい話ですが正直保険会社の時は何もできていませんし、挫折して辞めてしまったというのが正直なところです」

 自身の不甲斐なさから、精神的にも不安定な状態になったと明かすが、その後豊留社長は思わぬ職に就く。
 「実は、4年弱ほど板前をしていた期間がありました。半ば人生を自己逃避するために東京に出て、自分の過去を知らない場所へ逃げ出したかったんです」

 親族の反対を押し切り、自己逃避で板前の世界に入った豊留社長。
 周りは年下の板前も多かったが、立場上は先輩になる。年下からため口で話されることは当たり前で、もちろんはじめは皿洗いからのスタート。また営業と違い、自分で時間を調整できない難しさもあり、営業職以上に大変なことも多くあった。

 だがその一方で、この期間が社会人としての基礎を作ったとも振り返る。
 「自分の生い立ちや歴史を振り返る中で、板前時代は野球とは違う忍耐力がついたというか、精神的に強くさせてもらった期間だと思います。修行させてもらっている身でありながらお給料もいただけて、そういった特殊な世界に入ったことで、自分は甘ったれているなと思い、良い意味で大阪桐蔭にいた過去が無くなりました」

 その後、板前としての給与では生活ができないこともあり、28歳を迎える前に転職を決め再び営業の世界に戻った豊留社長だが、板前を経験したことで営業職が楽に感じたと振り返る。
 テレビのシステム会社に営業として入社すると、直後から業績を伸ばしていき、3年経たないうちにマネージャーに昇進。ここではマネジメントの難しさも経験したが、現在の社長業へのステップアップとなった。

[page_break:出る杭を打たれるなら、打たれないぐらい杭を出せ]

出る杭を打たれるなら、打たれないぐらい杭を出せ

打たれないくらい杭を出せ。二度の倒産危機を救ってくれた野球での経験が今、新たな夢を呼び覚ます 株式会社ライジングユニオン・豊留恵社長(大阪桐蔭OB) | 高校野球ドットコム
株式会社ライジングユニオンの豊留恵社長

 その後、病院業界での人脈構築のため外資系医療機器メーカーに転職し、平成25年6月に現在の株式会社ライジングユニオンの代表取締役に就任した豊留社長。
 だが、就任から現在までに2度倒産の危機を味わうなど、決して平坦な道のりではなかった。幾多の荒波を乗り越える原動力となったのは、少年時代から続けた野球の地道な練習だと振り返る。

 「私の名刺の裏には『辛い時こそ突き進め』と書いていますが、現実逃避で板前になったときも会社が倒産しそうになったときも、何か自分を変えないと何も変わらないと思ったんです。実際、大阪桐蔭時代はレギュラーをとるために、人と差をつけ人が出来ないことをしないと勝てないと思い、ひたすらベンチプレスをやっていました。そしたら最終的には100キロまであげられるようになって体も大きくなり、飛距離も伸びてホームランが打てるようになりました。
 会社が倒産しそうになった時も精神的に落ち込みましたが、 動かなかったらお金も動きません。人ができないことをして、とにかく突き進むことが大事だと考えています」

 また現在は、程良い着圧によって足つりやむくみ予防ができる5本指足部用サポーターの「フットラーク」や足部用サポーターの「キュットラーク」を販売するが、3年前に商品を世に出してすぐに特許を巡って他社からの嫌がらせを受けたことを明かす。だがそんな時に力になったのも、野球を通じて知り合った人からの励ましだった。

 「東海中央ボーイズの竹脇賢二監督から『出る杭を打たれるんやったら、打たれへんぐらい杭を出したれ』と言われたんですよ。そういった言葉をかけていただき、やっぱり野球界での繋がりは有り難いと感じました」

 豊留社長は会社を一人で運営しており、「フットラーク」や「キュットラーク」の営業も一人で全国を回っている。ブランドを立ち上げた際には、各都道府県に販売店を最低1店舗作ることを目標に掲げ、大阪桐蔭時代と同様に『全国制覇』を目指して西に東に奔走した。
 特に西日本の営業は基本的にすべて車で移動しており、昨年1年間の走行距離は何と24000キロ。今年も3月までに7000キロ程車で移動しており、商品が広まった現在では嫌がらせも全く無くなったと明かす。

 「私一人で運営しているので、自分が苦しい時はそのような方々からの助言は本当に有り難く感じます。ちょっと落ち込んだ時は、そういう方々に会いに行きますね。
 周りの人によく言うのですが、僕はマグロと一緒で止まったら死ぬと思っています。だから休まずに動き続けているんです」

 実は豊留社長には夢がある。高校野球の監督になることだ。
 現在は「フットラーク」や「キュットラーク」を通じて野球界に携わっているが、プレイヤーとして出場できなかった甲子園がいまだに夢に出てくることがあると明かす。

 「補助員で入った時の甲子園の土と芝生の感触が、いまだに足に残ってるんです。それくらい特別な場所だったので、人生の中でやりきってないものがあると思っています。甲子園でボールを渡す時の観客席の光景が何度も夢に出てきて、絶対これだと思って。
 そうなると時間がありません。今は3年後を目標に計画を立ててやっています」

 夢を持ち続け、困難にもめげずに突き進んできた豊留社長。
 これからも「出る杭」であり続けるに違いない。

(取材:栗崎祐太朗

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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